第68話 清明井での対峙
慎一の水の体が清明井に到着した時、そこには既にあかねが待っていた。
完全に水と化した彼女の姿は、月光を受けて青く輝いている。
しかし、よく見ると、その輝きは均一ではなかった。
体の各部分が、異なる時代の水で構成されているのが分かる。
右腕は澄んだ現代の水。しかし、左腕は千年前の、濁った古代の水。
胸部は江戸時代の、かすかに血の混じった水。
そして、顔は——
複数の時代の水が、層を成して流れている。表情が変わるたびに、異なる時代の女性の顔が浮かび上がっては消える。
「来てくれたのね、慎一くん」
その声も、多層的だった。
あかね本人の声に、美咲の声、そして聞き覚えのない無数の女性たちの声が重なっている。
「あかね、まだ遅くない」
慎一が必死に訴えた。
「第八の井戸に、渟の神を殺す方法があるかもしれない」
あかねの水の体が、悲しげに揺れた。
「知ってるわ」
その答えに、慎一は驚いた。
「でも、それは不可能なの」
「なぜ?」
あかねは、井戸の縁に寄りかかった。その姿は、今にも井戸に落ちてしまいそうなほど儚い。
「朝日様のことも、知っているわ」
あかねが続けた。
「千年前から氷に閉じ込められた、もう一人の巫女」
「でも、彼女を解放するには……」
あかねの声が震えた。
「完全な水籠の、自発的な犠牲が必要なの」




