第56話 覚醒の拒絶
『選べ』
集合意識全体が、慎一に迫ってきた。
『神になるか、破壊者になるか』
慎一は、どちらも選ばなかった。
そして、宣言した。
『私は、第三の道を行く』
『永遠の語り部として、すべてを記憶し、語り継ぐ』
集合意識が、混乱した。
千年の歴史で、このような選択をした者はいなかった。
『まだ、抵抗するか』
集合意識が、苛立ちを見せた。
『ならば、教育を続ける』
新たな拷問が始まった。
今度は、慎一の未来を見せる拷問。
もし、このまま不完全な水籠になったら、どうなるか。
慎一は見た。
自分が、昼は人間の姿で大学に戻り、民俗学の研究を続ける姿を。しかし、夜になると水に還り、井戸の底で苦しむ。
そして、無意識のうちに、他の学生たちを島に誘い始める。
「素晴らしい研究対象があるんだ」
「一緒に行かないか?」
一人、また一人と、慎一の導きで島を訪れる学生たち。
そして、全員が水籠となっていく。
慎一は、永遠に、新しい犠牲者を生み出し続ける、呪われた案内人となる。
『これが、お前の未来だ』
集合意識が、残酷に告げた。
『受け入れろ。抵抗は無意味だ』
『違う』
慎一の意識は、さらに強く輝いた。
『これも、語り継ぐべき物語の一つに過ぎない』
『私は、別の物語を紡ぐ』
慎一の意識は、絶望に沈むどころか、より明確な形を取り始めていた。
逃げ道はない。
選択肢は、どれも地獄。
しかし、地獄の中でも、意味のある地獄を選ぶことはできる。
『私は、すべてを記憶する』
慎一は、ある決意を固めた。
『千年の苦痛も、無数の絶望も、狂気も、すべてを』
『そして、それらを物語として、永遠に語り継ぐ』
それは、最も恐ろしい選択。
誰も予想していなかった、第三の道だった。
最初の巫女が、慎一を見つめていた。
その目に、千年ぶりの希望が宿っているように見えた。
『もしかしたら……』
巫女が呟いた。
『それが、本当の救いなのかもしれない』
『語り継がれることで、私たちの苦痛は無駄ではなくなる』
慎一の意識は、微笑んだ。
『そう。すべての物語には、意味がある』
『たとえそれが、苦痛の物語であっても』
水の夢は、新たな段階へと移行し始めていた。
語り部の誕生へ向けて。




