第55話 恐怖の理解
苦痛の中で、慎一はついに理解した。
なぜ、水籠システムが存在するのか。
なぜ、毎年新しい犠牲者が必要なのか。
それは、最初の巫女の苦痛を、分散させるためだった。
一人では耐えきれない苦痛を、多数で分け合う。しかし、それは根本的な解決にはならない。むしろ、苦痛の総量は増え続ける。
そして、巫女自身も、もはやこのシステムを止められない。
彼女は神となった瞬間に、自由意志を失った。島を守り、水を与え続ける自動システムと化してしまった。
『でも、あなたは違う』
巫女が言った。
『百年に一度の、特別な水籠。あなたには、選択の余地がある』
慎一は聞いた。
『どんな選択?』
『私と入れ替わるか、それとも……』
巫女の声が、一瞬途切れた。
『すべてを終わらせるか』
慎一は理解した。
すべてを終わらせる。それは、島そのものの消滅を意味する。
水籠システムが止まれば、島の水は枯れ、すべての生命が失われる。現在の島民の半数以上を占める水の民も、存在できなくなる。
『でも、それでいいの』
巫女が、狂気じみた笑みを浮かべた。
『みんな、解放される。この永遠の地獄から』
慎一の意識に、選択の重みがのしかかった。
神になって永遠の苦痛を引き受けるか。
それとも、すべてを破壊して終わらせるか。
どちらも、恐ろしい選択だった。
『いや』
慎一が、はっきりと言った。
『第三の選択がある』
巫女が、驚いたように慎一を見た。
『第三の……?』
『私は、語り部となる』
慎一の意識が、確信に満ちて宣言した。
『すべての物語を語り継ぐ者となる』
『あなたの千年の苦痛も、水籠たちの絶望も、すべてを』
『それが、何の解決になるの?』
巫女が問いかけた。
『物語として語り継がれることで、苦痛に意味が生まれる』
慎一が答えた。
『ただの苦しみではなく、警告として、教訓として、そして記憶として』
『永遠に、語り継がれる』




