第50話 集結する者たち
「待って」
香織が、父の手記を握りしめた。
「父が最後に書いていた言葉……『第八の井戸』じゃなくて『第八の道』と読めるかもしれない」
全員が香織を見た。
「つまり、八つ目の選択肢。水籠になるでも、封印するでもない、第三の道」
「それは?」
「分からない。でも、父はきっと見つけていたはず」
香織は、手記の最後のページを光に透かした。
すると、水で書かれた文字が浮かび上がった。
『語り継げ。すべてを語り継ぎ、伝えよ。
それこそが、呪いを解く鍵となる』
その言葉が、慎一の中で何かを呼び覚ました。
語り継ぐ。
自分は民俗学を学ぶ者。語り部としての使命を持つ者。
消えゆく物語を、言葉に残し、後世に伝える者。
「そうか……」
慎一は、朦朧とする意識の中で理解した。
「呪いは、忘却から生まれた。夕日と朝日の本当の物語が忘れられ、歪められたから、呪いが力を持った」
なら、真実を語り継ぎ、正しく伝えれば……
慎一は、震える手でノートを取り出した。
もう、ペンを持つ力もない。
しかし、水に侵された体が、逆に新しい可能性を示していた。
指先から滲み出る水が、文字を形作り始めた。
水で書く、水の物語。
永遠の語り部として、真実を刻む新たな方法。
第八の井戸の周りに、人々が集まり始めた。
キヨ、深海医師、伊織神官、そして島民たち。
皆、水の気配に導かれてやってきた。
「もう、隠しても仕方ないな」
伊織が言った。
「明日の祭りは、千年目の大祭。すべてが決まる日だ」
深海医師が、狂気じみた笑みを浮かべた。
「新しい水籠の誕生か、それとも……」
キヨは、慈愛に満ちた目で若者たちを見つめていた。
「どんな選択をしても、私たちは受け入れます。それが、島の定め」
月明かりの下、第八の井戸は不気味に脈動していた。
封印は、もう長くは持たない。
そして、夜明けと共に、祓水祭が始まる。
すべての決着をつける時が、迫っていた。
慎一は、水で文字を刻みながら思った。
自分は語り部になる。
永遠に、この島の真実を語り継ぐ存在に。




