第34話 最後の選択
朝食後、慎一は一人で浜辺に出た。
頭を整理する必要があった。
四日目から始まった異変。
それは、確実にエスカレートしている。
もはや、気のせいでは済まされない。
何かが、この島で起きている。
そして、自分たち訪問者も、その何かに巻き込まれ始めている。
「逃げるなら、今しかない」
慎一は、海を見つめながら考えた。
甚助の船は、明日来る。
しかし、本当に来るのだろうか?
そして、来たとしても、もう手遅れかもしれない。
慎一は、自分の手首を見た。
青い痣は、肘の近くまで広がっている。
そして、皮膚の下で、何かが脈打っているのを感じる。
水のようなものが、血管を通って全身に広がっていく感覚。
「まだ、間に合う」
慎一は自分に言い聞かせた。
今なら、まだ人間のままでいられる。
今なら、まだ選択ができる。
しかし、本当にそうだろうか?
振り返ると、集落が見えた。
美しい、平和な集落。
しかし、その下に潜む異常。
慎一は、決断を迫られていた。
逃げるか、留まるか。
真実を追求するか、見なかったことにするか。
民俗学者としての使命と、人間としての恐怖の間で、慎一は揺れていた。
そして、まだ知らなかった。
明日の祭りが、すべての転換点になることを。
もう、選択の余地などないことを。
波が、慎一の足元に寄せては返していく。
その水は、普通の海水より冷たく、そして生きているような感触があった。
まるで、慎一を海に引きずり込もうとしているかのように。
慎一は、震えながら浜辺を後にした。
宿に戻ると、あかねが待っていた。
「慎一くん」
あかねの顔は、真剣だった。
「明日の祭りには、参加しないで」
「え?」
「お願い。命に関わるから」
あかねの目に、一瞬、人間らしい恐怖が宿った。
しかし、次の瞬間、その表情は消えた。
「なんて、冗談よ」
あかねは、不自然に明るく笑った。
「祭りは楽しいから、ぜひ参加してね」
そして、水のような足取りで去っていった。
慎一は、混乱した。
どちらが本当のあかねなのか。
警告する人間のあかねか、祭りに誘う別の何かか。
もはや、判断ができなかった。
ただ一つ確かなのは、明日、すべての答えが出るということだけだった。




