第33話 朝の異常
朝になって、慎一は恐る恐る部屋を出た。
廊下を見ると、昨夜の水跡は乾いていた。
しかし、かすかに塩の結晶が残っている。
やはり、夢ではなかった。
食堂に降りると、妙な光景が広がっていた。
老人、中年男性、月島。
三人とも、席についているが、誰も話さない。
ただ、じっと前を見つめている。
そして、三人の髪が、微妙に濡れている。
「おはようございます」
慎一が声をかけても、反応が鈍い。
ゆっくりと振り返り、焦点の合わない目で慎一を見る。
「あ……おはよう……ございます」
老人の声は、かすれていた。
そして、口元から、一滴の水が垂れた。
透明な、しかし普通の唾液ではない水が。
「大丈夫ですか?」
慎一が心配して近づくと、老人は慌てて口元を拭った。
「ええ、大丈夫です。ちょっと、むせただけで」
しかし、テーブルの上には飲み物も食べ物もない。
何にむせたというのか。
中年男性も、月島も、同じような状態だった。
ぼんやりとして、反応が鈍く、そして体のどこかが濡れている。
「皆さん、昨夜はよく眠れましたか?」
慎一が尋ねると、三人は顔を見合わせた。
「昨夜……?」
「よく……覚えていません」
「夢を……見ていたような」
曖昧な返事ばかりだった。
キヨが朝食を運んできた時、慎一は思い切って聞いてみた。
「あの、昨夜、何か変わったことは……」
「変わったこと?」
キヨは首を傾げた。
「特に何も。皆さん、ぐっすりお休みでしたよ」
しかし、キヨの目も、どこか違って見えた。
いつもの優しい目ではなく、何かを隠しているような目。
「今日は、特別な日ですから」
キヨが、意味深な笑みを浮かべた。
「祭りの前日。島が、一番神聖になる日」




