第27話 満ち足りた夕べ
三日目の夕食も、キヨの心づくしの料理が並んだ。
今日は、祭りの準備を手伝ったお礼にと、特別な料理も出された。
「これは『祝い飯』といって、祭りの時に作る特別な料理です」
赤飯に、尾頭付きの鯛、煮しめ、なます。
どれも丁寧に作られ、美しく盛り付けられている。
「今日は本当にありがとうございました」
キヨが深々と頭を下げた。
「おかげさまで、準備が順調に進みました」
「いえいえ、こちらこそ」
老人が答えた。
「久しぶりに、生きがいを感じましたよ」
中年男性も頷いている。
「体を動かすのは、気持ちいいものですね」
月島も、子供たちと遊んで楽しかったと言った。
食事をしながら、キヨが祭りの話をしてくれた。
「祓水祭というのは、水の神様に感謝を捧げる祭りです」
島の水が枯れないように、豊漁が続くように、みんなで祈りを捧げる。
「千年以上続く、伝統ある祭りなんですよ」
慎一は、民俗学者として興味深く聞いていた。
水神信仰は日本各地にあるが、千年以上続いているものは珍しい。
「当日は、どんなことをするんですか?」
「まず、朝早くから神官が祝詞をあげます」
キヨが説明した。
「それから、島民みんなで七つの井戸を巡って、お清めをします」
「最後に、海に供物を捧げて、豊漁と安全を祈願します」
なるほど、水にまつわる場所すべてに祈りを捧げるのか。
「観光客の方も、参加できますよ」
キヨが微笑んだ。
「せっかくの機会ですから、ぜひ」
慎一たちは、ぜひ参加したいと答えた。
食後、慎一は部屋で今日の記録をまとめた。
七つの井戸の詳細、祭りの準備の様子、島民との交流。
すべてが、貴重な民俗学的資料だ。
特に、清明井の存在は興味深い。
あの荘厳な雰囲気、千年以上守られてきた聖地。
何か特別な意味があるに違いない。
窓の外を見ると、満月が昇っていた。
月明かりに照らされた集落は、幻想的な美しさだ。
ふと、窓ガラスに息を吹きかけてみた。白く曇ったガラスに、無意識に指で何かを書こうとして——手が止まった。
なぜか、指先が勝手に渦巻きを描きそうになったのだ。七つの渦巻きを。
「疲れてるんだな」
慎一は苦笑して、曇りを手のひらで拭い去った。
明日も、きっといい日になるだろう。
慎一は、そう思いながら眠りについた。
島での三日間。
恐怖も不安もなく、ただ美しい自然と温かい人情に包まれた日々。
これが、八雲島の本当の姿なのかもしれない。
しかし、慎一の手首の青い痣は、少しずつ、確実に広がっていた。
ただ、本人はまだそれに気づいていない。
島の美しさに魅了され、その異変を見過ごしていた。




