第23話 清明井の荘厳さ
最後の七つ目は、島の北側の森の奥にある『清明井』だった。
他の井戸とは、明らかに雰囲気が違う。
まず、規模が大きい。直径が三メートルはある大きな井戸で、周りを巨石が囲んでいる。そして、しめ縄が張られ、白い紙垂が風に揺れていた。
「これが、島で最も神聖な井戸です」
あかねの声も、自然と厳かになった。
「普段は神官しか近づけませんが、今日は特別に」
慎一たちは、静かに井戸に近づいた。
覗き込むと、他の井戸より遥かに深い。底は見えず、ただ深い闇が広がっているだけだった。
しかし、その深さが、逆に神聖な雰囲気を醸し出している。
「すごい……」
老人が感嘆の声を漏らした。
「何か、パワーを感じますね」
中年男性も、カメラを構えたまま動けないでいる。
慎一も、この井戸の特別さを感じていた。
千年以上前から、島の人々が大切に守ってきた聖地。ここで、どれだけの祈りが捧げられてきたのだろう。
「昔は、重要な決め事をする時、ここで神意を問うたそうです」
あかねが説明した。
「今でも、年に一度の大祭の時は、ここで神事が行われます」
慎一は、井戸の周りの巨石に刻まれた文様を観察した。
渦巻き、波、そして魚。水に関する紋様が、複雑に組み合わされている。
これは、貴重な資料だ。
「写真を撮ってもいいですか?」
慎一が尋ねると、あかねは少し迷った後、頷いた。
「学術的な記録のためなら。でも、フラッシュは使わないでくださいね」
慎一は、丁寧に撮影を行った。
石の配置、文様の詳細、井戸の構造。すべてを記録に残す。
ふと、水面に波紋が広がった。
風もないのに、なぜだろう。
しかし、それも一瞬のことで、すぐに水面は元の静けさを取り戻した。
「そろそろ、お昼にしましょうか」
あかねの提案で、一行は清明井を後にした。
帰り道、慎一は振り返って井戸を見た。
木々の間から差し込む光が、井戸を神秘的に照らしている。
確かに、ここは特別な場所だ。
しかし、それは恐怖ではなく、畏敬の念を抱かせる神聖さだった。




