第22話 七つの井戸巡り
朝食後、一行は島の名所である七つの井戸巡りに出発した。
最初に向かったのは、集落の中心にある『結びの井戸』だった。
石組みの美しい井戸で、周りを七つの石碑が囲んでいる。それぞれの石碑には、古い文字で何かが刻まれているが、風化して読みにくい。
「これが一番有名な井戸です」
あかねが説明を始めた。
「言い伝えでは、ここで願い事をすると、良縁に恵まれるそうです」
井戸を覗き込むと、深い底に澄んだ水が見えた。
水面は鏡のように静かで、覗き込んだ自分の顔が映る。
「昔は、若い男女がここで将来を誓い合ったそうです」
老人が興味深そうに井戸を見つめた。
「なるほど、だから『結びの井戸』か」
中年男性も、写真を撮りながら頷いている。
「ロマンチックな話ですね」
慎一は、なぜか水面から目を離せなくなった。ただの水面なのに、じっと見ていると、何か大切なことを忘れているような、もどかしい感覚に襲われる。
「慎一くん?」
あかねの声で我に返った。どのくらい、水を見つめていたのだろう。
「あ、ごめん。きれいな水だなって」
そう言いながら、慎一は首を振った。一瞬、水面に映った自分の顔が、別人のように見えたのは、きっと光の加減だろう。
慎一は、ゼミで学んだ調査方法に従って、井戸の横にあった石碑の文字を記録した。
おそらく、水神への祈願文だろう。後で文献と照合してみよう。
二つ目は、山の中腹にある『癒しの井戸』だった。
森の中の小道を歩いていくと、木々に囲まれた静かな場所に出た。そこに、苔むした石で作られた井戸がひっそりと佇んでいる。
「ここの水は、昔から薬水として大切にされてきました」
あかねが柄杓で水を汲んだ。
「どうぞ、飲んでみてください」
老人が最初に口をつけた。
「ああ、冷たくて美味しい」
確かに、水は驚くほど冷たく、口当たりも柔らかかった。
「なんだか、体が軽くなったような気がします」
老人が嬉しそうに言った。
慎一も水を飲んでみた。
確かに美味しい水だった。ミネラルが豊富なのか、かすかに甘みも感じる。
三つ目の『豊穣の井戸』は、田んぼの近くにあった。
「ここの水を田んぼに引いて、稲を育てています」
あかねが説明した。
「だから、島の米は美味しいんですよ」
確かに、井戸の周りの田んぼは、青々とした稲が風に揺れていた。
農作業をしていた老人が、親しげに手を振ってくれる。
「今年も豊作になりそうだ」
農夫の顔は、日に焼けて皺が深いが、満足そうな笑みを浮かべていた。
四つ目の『子宝の井戸』は、小さな祠と一緒にあった。
「子供が欲しい夫婦が、ここにお参りに来ます」
周りには、小さな人形がたくさん奉納されていた。
どれも手作りで、一つ一つに願いが込められているのが分かる。
「島も高齢化が進んでいますが、最近また子供が増えてきたんです」
あかねが嬉しそうに言った。
「この井戸のおかげかもしれませんね」
五つ目は、海に近い『大漁の井戸』。
漁師たちが、出漁前にここで手を清めるという。
「今朝も、漁師さんたちがお参りしていきました」
井戸の横には、大漁旗が掲げられている。
色鮮やかな旗が、海風にはためいていた。
六つ目の『長寿の井戸』は、島で一番古い井戸だった。
「千年以上前からあると言われています」
石組みは古く、一部崩れかけているが、水は今も枯れずに湧いている。
「島のお年寄りは、みんな長生きなんです」
確かに、道で会う老人たちは皆元気そうだった。
「何か秘訣があるんでしょうか」
中年男性が尋ねると、あかねは笑った。
「きれいな空気と、美味しい水と、のんびりした暮らし。それが一番の秘訣かもしれませんね」




