第21話 二日目の朝
慎一は、小鳥のさえずりで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋を柔らかく照らしている。時計を見ると、午前六時半。都会では考えられない早起きだが、不思議と体が軽い。
窓を開けると、清々しい朝の空気が流れ込んできた。
海は朝凪で、鏡のように静か。昇ったばかりの太陽が、海面をキラキラと輝かせている。港では、漁師たちが網の手入れをしている姿が見える。
「いい朝だ」
慎一は深呼吸をした。
肺の奥まで、清らかな空気が満ちていく。都会では味わえない、贅沢な朝の始まり。
階下から、味噌汁のいい匂いが漂ってきた。
慎一は顔を洗い、着替えて食堂に向かった。
「おはようございます」
食堂では、すでにキヨが朝食の準備をしていた。
「まあ、早いですね。よく眠れましたか?」
「ええ、ぐっすりと。久しぶりに夢も見ないほど深く眠りました」
「それは良かった。島の空気が合ったんですね」
キヨが嬉しそうに微笑んだ。
「朝食は七時からですが、お茶でも飲んで待っていてください」
慎一は、縁側に出てお茶を飲んだ。
庭では、朝露に濡れた草花が朝日を浴びて輝いている。どこかで鶏が鳴き、遠くから子供たちの声が聞こえてくる。
平和な島の朝。
時間がゆっくりと流れているような、穏やかな時間。
「おはよう、慎一くん」
振り返ると、あかねが立っていた。
髪を一つに結い、動きやすそうな服装をしている。顔色も良く、目もきらきらと輝いていた。
「今日は島を案内する約束だったよね」
「ああ、楽しみにしてる」
「まず七つの井戸を回って、それから神社、午後は島の反対側の浜辺にも行ってみよう」
あかねの提案は魅力的だった。
他の宿泊客も、次々と起きてきた。
老人は、昨日より顔色が良い。
「いやあ、何年ぶりだろう。こんなによく眠れたのは」
中年男性も、穏やかな表情をしている。
「静かでいいですね。都会の喧騒を忘れられます」
月島は、窓の外を眺めながら言った。
「本当に来てよかった。こんなに美しい場所があったなんて」
朝食も、昨夜に劣らず豪華だった。
焼き魚、出汁巻き卵、ほうれん草のお浸し、自家製の海苔、そして炊きたての白米。
「この海苔も、島で採れたものです」
キヨが説明した。
「天日干しにして、一枚一枚丁寧に作っています」
パリッとした海苔は、磯の香りが濃厚で、ご飯との相性が抜群だった。
慎一が箸を伸ばすと、ふと気づいた。食卓に並ぶ全員の箸の動きが、なぜか同じリズムを刻んでいる。口に運び、噛み、飲み込む。その一連の動作が、見事に調和している。
「今日はどちらへ?」
キヨが尋ねた瞬間、全員の動きがバラバラになった。まるで、見えない指揮者が指揮棒を下ろしたかのように。
きっと、偶然だろう。島の穏やかな時間が、人々を自然とゆったりしたリズムに導いているのかもしれない。
あかねが答えた。
「七つの井戸巡りをしようと思います。皆さんも、よかったら一緒に」
老人と中年男性は、喜んで参加することにした。月島は、午前中は宿でゆっくりして、午後から合流するという。




