第15話 美しい夕暮れ
宿への道すがら、慎一は島の美しさに何度も足を止めた。
特に印象的だったのは、高台から見下ろす港の風景だった。
「ここからの眺めが、一番好きなの」
あかねが、石垣の上に腰掛けた。
慎一も隣に座ると、息を呑むような絶景が広がっていた。
眼下には、すり鉢状の入り江に抱かれた小さな港。防波堤の内側で、漁船が穏やかに揺れている。そして、その向こうには、どこまでも続く青い海。
夕日が西の水平線に近づき、空がオレンジから紫へと移り変わっていく。海面は黄金色に輝き、まるで溶けた金を流したようだ。
「きれい……」
月島が、思わず声を漏らした。
「本当に、来てよかった」
老人も、目を細めて景色を眺めている。先ほどまでの虚ろな表情が嘘のように、穏やかな顔をしていた。
「昔、妻と新婚旅行で瀬戸内海を回ったことがあってね」
老人が、ぽつりと話し始めた。
「その時の夕日を思い出しました。あの頃は、まだ若くて……」
老人の目に、懐かしさが宿っていた。
中年男性も、写真を撮りながら感嘆の声を上げている。
「素晴らしい。こんな美しい場所があったなんて」
慎一は、皆の表情が和らいでいくのを見て、ほっとした。
船での重苦しい雰囲気が嘘のようだ。
「島の人は、みんなこの景色を見て育つの」
あかねが説明した。
「だから、どんなに都会が便利でも、結局は島に帰ってきちゃう。この美しさを、他の場所では味わえないから」
慎一は納得した。これほどの絶景を日常的に見ていたら、確かに都会の景色は味気なく感じるだろう。
風が吹いて、潮の香りと共に、どこからか三線の音色が聞こえてきた。
「あ、源さんだ」
あかねが嬉しそうに言った。
「源さんは、島一番の三線の名手なの。毎日この時間に、港の見える場所で練習してるんだ」
哀愁を帯びた三線の調べが、夕暮れの風景と見事に調和していた。まるで、この瞬間のためだけに作られた音楽のように。
「昔から変わらない風景……」
あかねがつぶやいた。
「子供の頃、よくここに座って海を見てた。嫌なことがあった時も、悲しい時も、この景色を見ると心が落ち着いたの」
慎一は、あかねの横顔を見た。夕日に照らされた彼女の表情は、深い郷土愛に満ちていた。
この島を、心から愛している。
それが、痛いほど伝わってきた。