ほんの少しの冒険を味わうために、転生した神様は唆される
自分が何故、神になったのか。そんなこと、全然考えたこともなかった。死んだ者を転生させ、別の世界に送り込む作業だって、それが定められていたから、行っていただけだ。
世界は膨張を続けていく。始まりは何だったのか、そんなことは知らないし、誰かに聞いて答えを得られるものではない。風船を想像したらいい。世界は風船の中にある。その中で作業を行う存在が、外のことなんて知るものか。
誰が息を吹き込み膨らませているかなんて、誰が自分達を風船の中に入れたのか、なんて。なんで風船の中に星や、生命なんてものが生まれたのか、なんて。誰も、知ることなん出来やしない。
転生、というものを説明しようか。このシステムは風船を割ってしまわぬように作られたものだ。自然発生する命の力は、風船の膨張する力を越えてしまう。だから割れる。説明と言うほど、言葉は多くない。
では、どうするか。増えていく命を、別の風船に移してしまえばいい。膨張を超えてしまう程の力を持った存在を刈り取り、まだ未熟な風船に送り込んでその膨張を助ける。そのシステムが転生だ。
誰がそんなシステムを作ったのか、それを知ることは出来ないし、知ることに意味はないだろう。
数学というものがある。世界を数字で現した。では、その数字はどこから現れたのだろう。言葉としては、きっと誰かが定めたのだろう。概念も、きっと誰かが導き出した。でも何故? 疑問に思うことは多いだろう。現実として、機能しているのに、一向に説明できないこともある。そういうことがある。それが世界というものを説明する上で、必要なことなのだ。
膨張を超えてしまう程の力、というものについても説明しておかなければならないだろう。風船に吹き込まれた息は、壁面――そして何かに触れると変化を起こし、物質になる。それは静電気のようなものだ。その力によって物質は産まれるのだ。そしてその物質も、息と触れ合うことで変化を起こす。しかしその変化は壁面とは違って、エネルギーとなって溜め込まれる。
力を貯めるほどにエネルギーは大きくなる。物質が増えれば息の触れる物が増えていくため、力を貯める物質が増えていく。その力が生命を育み、そして生命が増えれば息に触れるものも多くなって、力を貯める存在も増えていく。静電気と考えれば、力と結びつけて考えるのも難しくないだろう。何故なら、風船に静電気は御法度だ。
だから、強い静電気を起こしそうなものを刈り取る。場合によっては、星ごと他所に移してしまう。
しかし、別の風船は吹き込まれる息が違うため、ただ移しただけでは馴染むことが出来ず、力が暴発してしまう恐れがある。そのために、その力を少し変化させてやらなくてはならない。水の中に塩を落としたら、塩分濃度が変わって環境に悪影響を及ぼす。そう考えてもらっても構わない。
ただ、そこが水とは限らない、というのが、息が違うという意味だ。その風船の中に入っているのは、オレンジジュースかもしれない。オレンジジュースに水を入れたら、当然薄まるだろう。あるいは、そこは鉄でできているかもしれない。鉄にオレンジジュースを垂らせばどうなるか。様々な影響を考えて、その成分を変えなくてはならない。
そうしたとき、転生した物は特異な力に目覚める事があるのだ。時に人は、それをチートと呼んで喜んでいる。その発生をある程度は願望通りに変化させることも可能なので、希望を訊くと喜んで語るものも多い(そのため、理解するための勉強が必要になる)。
説明が長くなってしまっただろうか。要は、そうして人を転生させていくにつれて、自分という存在に興味を抱いた。様々な知識を得た賜物だろう。もしも自分が転生するとしたら、なんて考え、もしもそのようなことが起こったのなら、誰がその作業を行うのだろう、と疑問を持ったりもした。
そもそも、システムの範疇にないのだから、転生できるはずもない。そう結論付けることは簡単だった。
けれど、ふと、思いついてしまったのだ。自分は、これが風船のようなものだと理解できている。誰かが息を吹き込んでいると、理解できている。ならば、吹き込まれている方向へ進んでみれば、どうなるのだろう。
その結論は、目の前にいる人物であった。
「ちょっと待ってくれ。予想外だ。完璧な予想外だ。いったい誰がこんな事態を予想できる? 転生する人物を迎え入れてみたら、それは管理外の存在だったなんて、いったい誰が理解できるのか」
「あなたは、別の風船の人?」
「あぁ、そうさ。ここは別の風船さ。そう言う君は、一体どうしたっていうんだ? 何故、我々という存在が、こんな所に来られるんだい?」
「冒険してみたの」
「可愛らしい答えだ。そう願った経験は僕にもあるよ。けれど、やろうとはしない。誰だって、自分という存在が消えるのでは、なんて、頭を過るもんさ。でも君はそれをやり遂げてしまった。称賛に値するよ。で、君はどんな力が欲しいのかな? もしも要望がないのなら、是非、お勧めしたいものがあるね」
「どんな?」
「世界に、息を吹き込むのさ!」
そうして、私は転生を果たした。彼の力を使って転生をして、彼は私の力を使って目的を果たす。そんな事ができるのか、と疑問を抱いてしまったが、ここで話は先ほどのものに戻るのだ。
説明できないこともある。それが、――世界なのだ。
※
その世界では、戦争が起こっていた。けれど、それはとても不可解な様相を見せていた。
二国間の争いである。三つの大陸をそれぞれを占領する、三国の内の二つの戦争である。人知を超えたその争いは、別世界の神――エルナミクの気持ちを昂らせた。
「凄い。雷を操ってる。炎も狙った場所へ飛んでいくし、水が蛇みたいにうねうね」
「ほう、そこに驚くのかい? 君の世界は余程退屈な場所だったんだろうね。僕にはとても耐えられそうにないよ。死体は動かないかい? 血を吸って栄華に現を抜かす化け物なんて信じられないかい?」
「物語だった。本でね、テレビでもやってた。吸血鬼っていうの。十字架とか、ニンニクとか、流れる水が嫌いで――」
「テレビ? 聞いたことがない言葉だ。知らない言葉は退屈だね。もっと実りのある話をしよう」
自分から訊いてきたのに――、とエルナミクはしょんぼりとした。吸血鬼の能力が欲しいと言った転生予定者と、暫し語り合ったことを思い出したのに。
「そうだ。その姿はどうだ? 僕の趣味さ。くるりと回ってみな? 服装も拘ってみたのだけど」
言われたようにくるりと回る。月夜に照らされた草原には彼女ら以外は存在しない。戦争の影もない、のどかな場所であった。
ふわりとスカートが持ち上がる。膝ほどの長さをした鳥籠のようなボリュームのあるもので、パニエ等は履いていなくとも、そのボリュームを保持している不思議なものだ。魔法の服だと喜んだ。トップスは首元胸までを覆うフリルが可愛らしいブラウスで、その上にはブレザー。色は全て白で統一されている。月の光に照らされる銀色の髪と合わさり、まるで透き通るほどの透明感だったと彼は後に語る。
「うんうん。やはり白はいい。それでこそ、この黒猫ボティが映えるというものだ。白ずくめの女の子の肩に黒い猫が載っていたら、嫌でも目立つだろう? そうすると僕は注目の的だ。気分がいい」
「そうなの?」
「君は目立ちたくないのかい? せっかくの力を得たんだ。パーッとぶちかまして、人々の注目を浴びたいとは思わないのかい? あぁ、答えなくてもいいよ。僕は目立ちたい。チヤホヤされたい。だから君には拒否権はないよ。僕のためにこの戦争に介入し、存分に目立っておくれ」
そっと抱き上げて胸に納める。のどを鳴らす姿は、どこからどう見ても黒猫だ。猫を抱くのは憧れであったから、この状況は素直に嬉しい。けど……。
「性格悪い」
「褒め言葉だね」
褒めてないのに……、という言葉は飲み込んだ。運命共同体なのだから、もう離れることは出来ない。そういう風に転生してしまったのだ。彼は付属品。役目を果たしながらも、意識はちゃんとここにある。転生というシステムで力を得た私を使って、この星の神となることを目論んでいるのだ。何故なら、チヤホヤされたいから。
やっぱり、性格が悪い。
「そんなことより、実りのある話だ。この戦争、どこからどう見てもおかしいものだ。ほら、見えているだろう? そういう力もあるのだからね」
言われた通り、ちゃんと見えている。私の力は彼の宣言通り、世界に息を吹き込むことだったのだから。私が転生した際、この世界――つまりこの星には、私の力が流れ込んだ。つまり、私はこの星と一つとなったのだ。だから、この星で起こり得ることには、ある程度の介入は出来る。天候を操ろうが、大陸を動かそうが、朝飯前どころか寝起きでだって出来てしまう。
星を取り巻く大気を感知して、遠く離れた場所で起きたことを事細かに見ることだって可能なのだ。
正に、神と言っても差し支えないだろう。なのに、威張るつもりなのはこの猫なのだ。
「……そう言えば、なんて呼べばいいの?」
「どうでもいいね。好きに呼べばいいさ。キングでも、ジョーカーでも。あぁ、ゴッドと呼ぶのは相応しくないね。それは相応しくない。人間に対し、『おい人間』なんて呼ぶのは失礼じゃないか」
「じゃあ、ショーネって呼ぶ」
「ほう、どんな意味があるんだい?」
「秘密」
性根が悪そうだから、とは言えなかった。
それよりも、と話を戻す。確かに、この戦争は不可解だ。魔法の撃ち合いはとても派手で、自分には馴染みがないから不可解だと思うわけではない。
意思が見えない、とでも言えばいいのか。
「敗戦濃厚、な陣営が正義だろうね。必死さがしっかり表れているのが面白い。生産拠点を必死に守り、怪我人の治療には積極的だ。命を守る。弱者を守る。理不尽な暴力には屈しない。尊いねぇ。麗しいねぇ。そういう尊厳を護ってこその神様じゃないか。その方が、うんとお礼を言ってもらえるだろう? だけど、攻め込んでいる方は駄目だ。喜んでいる素振りも、兵士を鼓舞する熱狂も、何も見えてこない。解るだろう? 何故そんな事が起きているのか」
こくり、と頷く。答えは先に提示されているのだ。
この世界には三つの大陸と、それぞれを占領する三つの国があり、その内の二つが戦争をしている。けれど、片方にその色は見られない。とすれば、自ずと答えは一つしかない。
「三つ目の国が、騙ってる」
「そうさ。今攻め込んでいる国の兵士は、第三の国の者たちだ。その事を、二つの国は知らない。知ることが出来ない。もしかして認知を阻害しているのかな? 影響が強そうだ。戦争を起こして片方の国を滅亡させ、もう片方に戦争の愚を責める。そうして世界を牛耳るつもりかい? はっ! 片腹痛いね。世界を牛耳るのは、この僕たちさ」
「王様になるの?」
「神はキングにはならないよ。形式にはまるものではない。崇められてこそのものだ。あの存在を信じることで、自分達は救われるんだ。豊かになれる。死ぬ時はあの存在の胸の中に帰ることが出来るのだ。そういう存在が望ましいね。
まぁ、それは君の役目だ。静かに微笑んで偶像を演じてくれればいい。畏れられる存在になれたら儲けものだね。僕はそれを利用して扇動するだけさ。人々を煽り、騙り、感情を曝け出す姿を見てほくそ笑むのさ。あぁ、全ては僕の思い通りになっているってね」
「可愛くない」
「それはいけないね。猫は可愛くなければ意味がない。牙を見せていたらそれはもう、獰猛な肉食獣だ。愛想を振りまかないとね。猫が鳴けば世界は動くのさ」
話を戻そう。黒猫はそう言って大地に降りた。
「選択肢は二つある。一つは攻め込まれている可哀想な国を護ることだ。侵略者を壊滅させることと言ってもいい。苦難を乗り越えた人達からは、相応の信頼を得られるだろう。大きな力を見せつければ、畏怖だって得られる。あぁ、予言というパフォーマンスをしてもいいな。今後の行方を逐一伺ってくるようならば、僕たちとしても動きやすいだろう。それに気分がいい。
例えば、だ。この国に雷が降り注ぐだろう。なんて予言をしたとする。どうしたらいいか、と訊かれたら、君はなんて応えるかな? もちろん、雷を降らすのは君の役目だ」
「降らさない」
「可愛そうだと思うかい? 右往左往する人々が不憫だと思うかい? つまらないね。ただ慈悲を与えることほどつまらないものはない。いいかい、君が雷を降らすことは、彼等にとっては知る由もないことだ。所詮、ただの予言だからね。だからこそ、それが真実だと証明しなくてはならない。国に雷が降り注ぐ、といっただろう? 僕は都市だなんて、地上にだなんて言ってはいない。異常なまでの雷が、天空で、この国の頭上だけで盛大に鳴り響けば、人々は右往左往と面白いように狼狽えるだろうさ。
そうした時に、優しい言葉を投げかけるのさ。美しい手を差し伸べるのさ。信じなさい。信じれば落ちることはない、とね」
「詐欺」
「金銭は要求していないさ。信頼というものは金銭では計れないからね。むしろ金で買った信頼は何時でも売り払えるのさ。金は心の安定にも繋がるからね。裏切りの防止に繋がると思えば安いものだが、いざという時の心の支えにはならないだろう。『いざ』というものがとても大事なのさ。君は、そんな時に必要な存在になるのだよ」
思っていた転生と違う。そう落胆の意思を溜息として表現をした。黒猫は見向きもしない。語るのが好きなのだろう。神にも個人差があるのか。今更ながら思い知った。
「冒険、したい」
この世界には、目を輝かせるようなものが沢山あった。過去の栄華を誇る遺跡。恐るべき異形が蔓延る地下世界。天空に隠された空飛ぶ巨大帆船。海にだって何かがある。
そんなワクワクさせる要素がいっぱいある場所に転生したのに、やっていることは戦争への介入だ。人助けになることだとは思うし、それが出来る力があるのだから、それをしないというのは、数多の知識に触れてきた自分には出来そうもない。正義感とまでは言いたくない。ただ、思い描くようなヒーローに背を向けたくはないのだ。
だから、そんな邪なことは考えずに、素直に誰かを助けたいと思う。
「ふむ。まぁ、それが君の動機だからね。そういうことなら冒険でもしてみよう。もう一つの選択肢だ。戦争を仕掛けている国が、何故そんな事をしているのか。国内の事情はどうなっているのか。国民感情はどうなのか。調べてみよう。上手く行けば、みんなが救われるかもしれないからね。諜報活動は、いい冒険だろう?」
二人の間に、冒険という言葉で齟齬があるらしい。方やワクワク。方やデンジャラス。その溝は、溜息によって埋められた。
※
もちろん、実際に赴かなくとも現地の状況は手に取るように解る。それでも朝を待って、首都であろう大きな街へ繰り出したのは、危険なものであっても冒険がしたい、という気持ちを誤魔化せなかったからだ。
諜報活動、と聞いて、頭の中に格好良くお宝を奪う泥棒の姿が現れた。スパイと泥棒の違いは、いまいち理解しきれていなかった。けれどその格好良さは解る。悪を倒すのだ。イコール格好良い。
エルナミクは想像を豊かにして、街を練り歩く。白一色の姿に、これまた白い鳥籠型の傘。大きな赤いリボンがアクセントとなっている。
つまり、とても目立っていた。
「言い難いことだけどね。しかし狙い通りでもある。どうだい? 人々の視線を独り占めだ。道行く人々がみんなこちらを見ている。君は可愛らしい外見をしているからね。容姿もとても美人だし、幼さが感じられる顔立ちは庇護欲を掻き立てられるだろう。しかしこの手の諜報活動はテクニックが必要だね。目立つことを利用しなくてはならない。
あぁ、そこに焼き菓子を売っているところがあるね。ディスプレイされているクッキーが、色とりどりで目にも楽しいだろう? 全部割ってしまったらさぞ楽しいだろうね。え、趣味が悪いって? まぁ、そうなのだろう。けど、全部食べてしまえば一緒じゃないか。食べ物なんだろう? 形にこだわって味が変わるというのかい? 君は恋人が作った不格好な料理を、見た目が悪いからと捨てるのかい? その方が酷いな。人の好意を捨ててしまうのは忍びない。どんなものでも味が良ければそれで良いのさ」
「わざと割るのは犯罪」
「猫に犯罪があるもんか」
そんなやり取りを堂々と見せているものだから、店先に立つ女性の不信感は視線を交わさなくとも解るだろう。「ちょっと、変なやつが来たよ!」店の奥にいるのだろう、店主である旦那を呼んだようだ。
「なんだい、今仕込みの最中――。なんとまぁ、別嬪さんなことだ。クッキー、いるかい? 割れて商品にならない物があるんだよ」
エルナミクは黒猫に視線を向け、女性は店主に肘を突き立てた。
「それは頂くしかないね。僕はなんでも食べる猫なんだ。クッキーのお供にミルクがたっぷり入った紅茶があると、金運をもたらすかもしれないよ」
「ははっ! 喋る猫とはねぇ、魔物かい? 魔物使いというのは、この国の自慢の職業だからね。サーカスにも戦争にも大活躍だ」
「へぇ、戦争。この国は戦争をしているのかい?」
「そんな訳はないさ。この国は平和そのものだよ。戦争なんて起きたのは遥か昔。俺は体験したことないな」
「おいくつで?」
「五十になった。クッキー焼いて二十五年だ。五年は修行に費やした。息子も修行に出ていてね。あぁ、お嬢ちゃん、うちで働いてみないかい? いい看板娘になりそうだ」
「あら、あたしは看板娘でないの?」
「娘って歳かよ」
今度の肘は重かった。
「戦争、してないって」
「あぁ、そうだね。ご主人、用事を思い出したから僕たちはこれで失礼するよ。次に来る時はクッキーと紅茶をご馳走してくれ」
「お嬢ちゃんは、クッキー好きかい?」
「うん。紅茶より珈琲が好き」
「うんうん。俺も好きだ。日が暮れるまではやっているから、いつでも来るといい。夜でも大歓迎さ。とびきりのディナーをご馳走するよ」
「その御馳走、誰が作るのかしら?」
今度は足を踏まれたらしい。叫び声に紛れて、誰も気が付かない。二人は、再び草原に戻っていた。人の気配は一切なく、それどころか営みのようなものすら見られない。それもそうだろう、ここは、この草原は。毒ガスが充満した、危険地帯なのだから。
「いやー、空気が美味しいね。その点、人混みは不味い。吐き気がする。なんだいあのクッキーの臭いは。甘ったるくて毛玉を吐きそうだ。それにそこら中から漂う香水の臭い。浮かれているねぇ。自分をアピールするのに精一杯だ。余程平和なんだろう。戦争の影なんて一切ないね」
「でも、戦争してる」
「そうだね。では一体全体、あの国はどこと戦争をしているのか。僕としては、結論は一つしかないのだけど、君はどう思うかな?」
「……魔物の仕業?」
「はははっ! 愉快な発想だ。まるで覚えたての言葉を使いたがる子供のようだね。君の言う通り魔物が戦争を仕掛けたとして、では、何故魔法を扱う人同士が戦争をしているんだい? 魔物という存在は人に使われているんだ。人を使う存在じゃない。人は人の意志で、人を攻撃するのさ。そうなると、答えは一つだろう? ――あぁ、いま君はまた愉快な想像をしたね。密かに暗躍を狙う秘密結社が、人を操って戦争を起こした、なんて思っているのだろう? 愉快だね。実に創作的発想だ。暗躍する者たちが目立つ真似をするもんか。現に、僕たちは暗躍なんてしてないだろう?」
「悪いこと、したいの?」
「神がすることに善も悪もないさ。善悪を決めるのは人間の仕事だからね。僕たちはちょいと塩を振って、彼等の味付けを整えてあげるだけさ。ちょっと塩っぱくても不満に思うのは彼等なのだから、僕たちには関係ない」
「不味いと信じてもらえない」
「不味くなったのは彼等の所為さ。素材の悪さを隠そうとしてあげたのだから、そこに不満を言われる所以はないね」
話を戻そう。猫はそう言って肩に飛び乗った。土が付いたら嫌だなぁとは思うけれど、それを口に出したところで一言二言余分に浴びせられるのだから、黙っていることが一番スマートなのだ。そう学んだ。
「つまり、これは自作自演なのだろう。僕たちもすっかり騙された。内乱というものだね。反乱と言ってもいいかもしれない。どちらかがそれを隠すために、他国が攻めてきたと風潮しているのさ。救いようがないね。僕たちが出る幕じゃない」
「でも、……困っている人たちがいる」
「助けたいかい?」
「うん」
「なら、君の出番だ。ちょいと知恵をプレゼントしてあげよう。そうすれば、たちまちこの戦争は終わりを迎え、君の存在は彼の――その国の王の脳裡に刻まれることとなる」
「悪いのは、王様なの?」
「知らないね。けれど、他国を利用して反乱を企てた、と仮定すると、敵の規模は余り大きくはないだろう。虎の威を借る狐、なんて言葉は、君の世界にもあるかい?」
「ある」
「そうかい。世界というものは、根本では似通っているのかもね。それはともかく、要は武器を取り上げてしまえばいいのさ。君はこの星をある程度コントロールできる。一時的に魔法を発動させなくすることだってね。そうして王に宣言をするのさ。これで争いを収められないのなら、この国には神の裁きが降り注ぐだろう、とね。会談の最中に天候を操ったり、何らかの奇跡を見せたら、より効果的だろう。……雷、とかね」
歪んだ顔を、黒猫は笑った。
※
ハルソバースの王、カルデンは頭を悩ませていた。世間的には他国が攻めていることになっていて、彼らが着ている鎧は確かに他国のものだった。なのに、過激な意見を持つ貴族の一部が消息不明になっているのだから、彼らが反旗を翻したのは確実だった。
その手口は巧妙で、恐ろしく静かに忍び寄って。気がついた時には防戦するしか選択肢はなく、敵はどこから仕掛けているのかも分からない。戦力は確実に、こちらが上だ。なのにイニシアティブを完全に握られてしまい、こちらはもう、手の施しようもないところまで追い込まれていた。
城に攻め入られるのも、時間の問題か。暗い夜。誰もいない玉座の間で、独り豪華絢爛な玉座に座って明日を憂う。そうすることに意味はなくとも、そうすることしか出来ることはないだろうと、そう思ってしまうところまで戦況は進んでしまったのだ。
項垂れた頭を上げることが出来ない。上げてしまえば、現実を見るしかない。そう思った直後、直ぐ横を雷が落ちたかのような轟音が響いた。窓から溢れ出す光に周囲は眩み、視界が真っ白に包まれる。晴れた時には、目の前に独りの少女が居た。どこまでも、白い少女だった。肩には黒い猫が載っている。そのコントラストが、どうしても不吉なものに見えてしたがなかった。
震えて、声が出ない。耳がおかしくなっているのか、出したとしても聴こえはしないだろう。しかし、何故だか、彼女の声ははっきりと届く。
「魔法を、禁止にしました」
意味がわからない。
「これで誰も、魔法が使えません」
何故?
「この状況なら、数に勝るあなた達が有利でしょう?」
どうして?
「直ぐに、平和を取り戻してください。そうすれば、この世界は元通りです。それが出来なければ……」
再び、世界は音と光に包まれる。晴れた時には、項垂れたときのままだった。
夢だろうか。しかし、耳が痛い。
夢だろうか。家臣は誰一人として来ようとしない。
自分だけが見た夢なのだろうか。ならば、もしかしたら、これは、きっと。これがおとぎ話で言う、神託というものではないか。
王は動いた。戦況の確認と、攻戦の宣言をするために。
※
「君は演技というものが下手だ。つまらないとも言える。役者にはなれないね。エキストラでも分不相応だ。もっと尊大な態度を取れないのかい? あれでは威厳というものが見られない。精々親切な天使だろう。やはり僕が喋るべきだっただろうか。いいや、それは駄目だ。まだ早い。ファーストインプレッションが猫の言葉に引っ張られてしまえば、それこそ軽く、威厳というものからかけ離れてしまう。
今度、演劇というものを観たほうがいいね。君は観たことがないのかい?」
「テレビのドラマは観た」
「またテレビ。知らない言葉はつまらないよ」
肩から飛び降りた猫は、草をかき分けながら進んでいく。その背丈はかろうじて見える程度であり、距離が離れたら草に埋もれてしまうだろう。
草を刈れば、清潔な感じが出るだろうか。木を植えて木漏れ日を作り、穏やかな風景を作りたい。そうエルナミクは想像を働かせるが、毒ガスが漂うこの場所では、渾身の力作を誰が観られようか。魔法がそれを可能にすることを、彼女は願っている。
「平和になるかな?」
追い掛けながら、問い掛ける。
「さぁね。ならなかったら実力行使だ。今度こそパーッとやってやろう。その方が唆るだろう?」
黒猫は挑戦的な目を向ける。
「……朝になったら、クッキーを食べに行こう」
答えは出せなかった。それは、自身が思い描いた異世界転生ではなかったから。
「冒険は、しないのかい?」
黒猫は問い掛ける。
「……初めての、お買い物だから」
それは冒険だ。そう黒猫は笑った。