8 うちの冒険者には秘密がある
ギルド長、コルネ・カヤック視点です。
「…いい感じに育ったな」
ヤポックのギルド長、コルネ・カロックはつぶやいた。
コルネは冒険者歴が長く、ケント・ヤポック代官とは知り合いで、ケントと幼馴染の結婚式にも招かれた間柄だ。ステラのことも赤ん坊のころから知っている。
ステラは無邪気で明るく笑う少女だったが、ケントが男爵を辞め、弟レオンを家に連れ帰ったあたりで自分の家庭の複雑な状況を知ったらしい。少し、父親のケントと線を引くようになった。
13歳の時、ステラは親やコルネに相談せず、就職活動を始め、さんざんいじめられたらしい。
慌てて冒険者ギルドにスカウトしたが、自分が生まれという自分にはどうしようもない理由で不利に扱われたのがショックだったのだろう、たまに暗い目をするようになった。
冒険者のクエストにはまじめに取り組んでいたが、パーティに属せずにソロで活動していた。
ケント・ヤポックから、ステラは料理がうまいと聞いてギルド食堂の炊事場のアルバイトをやらせてみたところ、DDDとSSSのレシピを提案してくれた。
今、どちらも大人気で、冒険者登録数がはねあがっている。
「…けけけ、商業ギルド、ざまあ」
コルネは、もう10回目ぐらいになったざまあ宣言をすると、またお決まりの優越感に浸った。
「半日で75ゴルか、…出してもいい」
コルネは、ステラに出す給料額を考えた。
『DDDが1杯5ゴル、SSSは単体で7ゴル、野菜マシマシ肉卵トッピングをつけると10ゴルだ。ギルドの会計係に試算してもらう必要があるが、ステラの働きは、今でもそのぐらいの価値はある。
責任者というが研修を受けてトラブル対応してもらうことになるが、冒険者相手は強面のおっさんにやらせたほうがいいこともあるから一人補助をつけるつもりだ。
そんなに仕事を増やすことにはならないだろう。』
なにより、何も考えていなかった、無邪気でぽやぽやした少女が、自分の権利をちゃんと主張できるように成長していることが、コルネは少しうれしかった。
「というか、DDDって…」
コルネは、そっと独り言の口をつぐんで考えた。
独り言が多いおっさんだけあって、機密事項を考えるときは黙る癖がついている。
『DDDなのか、あの茶色いエキスなのかはわからないが、強力な毒消し効果がある。
SSSに至っては、強力なリジェネ、体力回復効果があり、あれを朝飯に喰っておけば一日冒険で体を使っても全く疲れないそうだ。』
コルネは肉体派ではないが、毎朝、女房と一緒にギルド酒場でSSSを朝食にするようになってからは、体のだるさや頭痛といった倦怠感がなくなり、とても調子がいい。
『…魔力回復も作ってくれねえかなあ。
魔力回復作ってくれたら、俺が買う。75ゴルなんて目じゃねえよ、もっと出すのに!
やっぱり、ステラは、付与術のスキルがあるのかな。もったいねえよな。
ま、こんなこと、口に出したら、王家や神官になにされるかわからねえけど、多分そうだよな』
スキルは、神が人に与える恩恵であり、神が祝福して結婚した両親から生まれたのではない庶子には与えられないというのが神殿の教義だ。
だから、普通の子供であれば、10歳の時の入信儀式と一緒に受けることになるスキル鑑定を庶子は受けることができない。
コルネは、スキル鑑定されていないだけで、スキルらしき力を持っている者がいることを、冒険者としての長年の経験から知っていた。
だが、それは、王家と神殿で取り決めた協定に基づく教義とは異なる。コルネがそのように考えていることがばれたら、異端者として迫害される可能性もある。
『おっかねえ、おっかねえ。
でも、それを言うなら、ヤポックの息子だろ、あいつがスキルを持っているらしい時点でおかしいもんな』
ケント・ヤポック代官は、こちらで幼馴染のメルクと結婚式を挙げた。
そして、翌朝、王家による婚姻の承認を受けるため、王都に向かって出発した。おそらく、初夜を過ごしてから行ったのだろう。
王都に行くには1か月かかる。
そして、ケント・ヤポックは、王都についた後、王命によりショルト伯爵家の娘を妻として迎え、帰ってきたのはメルクとの結婚式の4か月後であり、帰ってきた時、前妻はすでに身ごもっていた。
生まれてきた跡取り息子とステラの誕生日は10日も違わない。それぐらいなら、少し早産だったとかかもしれないが、跡取り息子の色は、ケント・ヤポックとも元妻とも違う。
『…というより、あの色は…』
コルトは、慌てて考えるのを止めた。考えるだけでも恐ろしいことを考えそうになったからだ。
コルネは自分の魔力の回復具合を確認した。年のせいか、最近、少し回復スピードが遅くなっている。とはいえ、ギルド長としての務めを果たすには十分回復した。
コルネはギルドの事務室に行くと、今日の魔獣退治クエストに参加できそうだと告げた。
ヤポック代官からは、西の沼地に毒ガエルが大発生しているのと、東の集落のほうにゴブリンの集団が確認されたのと、2件クエスト依頼が来ている。
人的被害を避けるには、ゴブリンのほうが急ぎの案件だ。
参加する冒険者をギルド内の運動場に待機させると、コルネは体に風を纏い、ふわりと飛び立った。
コルネは東の集落まで行くと、おおざっぱに森の中に風を吹かせ、そこにあるものを片っ端から巻き上げた。
そして、木の枝や葉っぱ、リスや兎といった害にならない動物、キノコ狩りに来ていた子供といったゴブリン以外のものを優しく森に返す。
ゴブリンは依頼時よりも増えたのか、50匹ぐらいいた。
コルネは、あたりを飛び回り、ゴブリンが巣を作っていないかを目視確認したが見当たらない。
巻き上げたゴブリンの中には、メスやまだ小さな個体もいるから、群れは繁殖を始めていたが、まだ巣を作るまでには至っていなかったのだろう。
コルネはそのままゴブリンを引き連れてギルドの運動場の上空に戻ると、10匹ぐらいのゴブリンを叩き落した。
たいていのゴブリンはそれで絶命するが、中には傷ついただけで生きているやつもおり、それを下で待機している冒険者がとどめを刺すのだ。
こうすると簡単に経験値や討伐歴、また魔獣によっては肉などの物資が手に入るため、登録したばかりの冒険者向けの初回講習として参加させている。
多少レベルを上げないと、なにより、自分の手で魔獣を殺した経験がないと、昨日まで普通の市民だった者が魔獣に立ち向かうことはできない。
とはいえ、最近は、近隣の村からヤポック村に逃げてくる者が多く、そういう移民はコネも金もなく、ほとんど冒険者登録をする。
このため、最近のコルネは、初回講習のために魔獣退治クエストを2日に1回のペースで受けており、正直、疲れていた。
とはいえ、クエストを受けるのが1日おきなのは、コルネの魔力回復にそれぐらい時間がかかるからで、魔力回復薬があれば毎日やることになっていただろうが。
死にかけのゴブリンを奪い合うように殺す新人冒険者を見ながら、コルネはつぶやいた。
「…しっかし、冒険者の質も落ちたなー、ま、俺が偉そうに言ってちゃいけないが」
昔は、冒険者登録をすると、ギルド酒場にたむろしているベテラン冒険者がなんだかんだと世話を焼いて、冒険者の心構えというか、お互いに思いやることや魔獣退治の際の礼儀などを教え込んでいた。
だが、最近は新人の数が多すぎて、そういう先輩からの歓迎をいちいちやっている暇がない。
そのためか、移民の冒険者を中心に冒険者ギルド内では少しギスギスした空気が流れていてコルネたちギルド幹部の頭を悩ませていた。最近は、新人登録者向けに冒険者マナー講習を始めたぐらいだ。
『それもこれも、王家と神殿が魔王討伐隊を出し、全滅したせいだよな。ヤポックの旦那が、さっさとアーリア公爵に付いてくれてよかったな』
アーリア公爵は、その令嬢が第一王子の婚約者だったにもかかわらず、聖女をいじめたとかで婚約破棄されたため、謹慎を理由にして、魔王討伐隊に自分と自分の寄子をほとんど出さなかった。令嬢の代わりに跡取りにするために迎え入れた養子だけは参加したらしいが、まあ、大した損害ではない。
このため、アーリア公爵領やその寄子の領はまだ騎士団等による魔獣討伐が行き届いているが、完全に王家派だったショルト伯爵領なんかはそういう民生対策はぼろぼろらしい。
そして、アーリア公爵領でありながら、ショルト伯爵領に近いヤポック村は大量の移民が流れ込んでいるのだった。
『ま、難しいことは分からんが、俺にできるのは、この村を魔獣から守ること、冒険者たちが仲良く助け合うようにすることだけだな』
コルトは、討伐がひと段落して冒険者たちが屋根のある所に退避したのを確認すると、次のゴブリンを投下した。
コルネさんがやっているのは、パワーレベリングです。
冒険者ギルドは、冒険者の助け合い組織なので、冒険者登録した新人をレベル2から3ぐらいまでにしてからクエストを受けるように取り計らっています。
この世界のお金の単位はゴルで、貨幣価値はだいたい1ゴル100円ぐらいです。