7 新しいビジネスの匂い
11時ごろ、SSSが売り切れたので早めのお昼をいただく。炊事場スタッフで話をしながらの食事は、結構楽しい。
帰ろうとしていたら、ギルド長に話があると別室に呼ばれた。なんだろう、思い当たることがない。
久しぶりに見るギルド長は、あいかわらず骨と皮だけのように痩せていて、頭のてっぺんの毛がない分、周囲にぐるりと髪を伸ばしており、ぎょろ目は虚空を見つめている。
前、ジョセフさんがギルド長はダチョウに似ていると言っていたので、つい意識してしまう。
「帰る前にすまんな。仕事はどうだ?困ったことはないか」
「皆さんに親切にしていただいていて、特に困ったことはありません」
「そうか、実は、…ステラが提案したDDD、SSSが大人気で、これを食べるためだけに冒険者登録する奴までいるぐらいだ。商業ギルド、ざまあ」
ギルド長はケケケと笑った。
ギルドは同業者で作る組合で、商業ギルドは、飲食業ギルドや様々な商品の販売ギルドを統括している。ほかに製造者ギルドと冒険者ギルドがあるが、商業ギルドが一番大きい。
そして、商業ギルドは、いろいろ文句をつけてきたりして面倒くさいため、冒険者ギルドとは仲が悪い。
例えば冒険者ギルドは、冒険者から採取物等を買い取ったり、それを冒険者に売ったりするのだが、何か新しいことをやるたびに商業ギルドから、商業に手を出すなと文句をつけられる。冒険者ギルドは冒険者間で物資をやりとりしているだけだと反論している。
こういうこともあって、冒険者ギルドの解体場やギルド酒場は冒険者しか利用できない。冒険者ギルドに魔獣退治以外のクエストを発注できるのも冒険者だけだ。
とはいえ、冒険者登録は、冒険者ギルドで手続きすれば無料でできる上、1か月に1回ぐらい薬草採取とか、冒険者ギルド前広場のどぶさらいとか、簡単なクエストを完了すれば冒険者の資格を維持できる。
年に3回ぐらい、生活に困っている冒険者のために賛助金を払うように求められることがあるけど、あくまで任意だから、無理のない範囲でお金を払えばいい。
だから、ギルド酒場を利用したい人は、冒険者以外に仕事を持っていても冒険者登録をしているのだ。
「魔獣の一匹も倒せないよわっちい奴らがよ。余計な口出ししてきてうるせえんだ。
結局、世界は、これよ、これ、実力がものを言うんだよ!」
ギルド長は、細い腕を曲げ、力こぶを見せようとした。力こぶはどこにも見当たらないが、ギルド長は強力な風魔法のスキル持ちで、魔獣を大量に討伐しているのだ。
だが、ギルド長が笑った理由はそれだけではなかったようだ。
「…ステラもな、商業ギルドに嫌がらせされただろ、そんなステラの開発したレシピがさ、商業ギルドの加入している飲食店なんか目じゃねえっての。
商業ギルドの奴ら、悔しいだろうな!
しかも、あそこのギルド長が、どんな手段使ったか知らねえが、こそこそとSSSを召し上がって、あまりのうまさに飛び上がって、商業ギルドで開発するようにぎゃあぎゃあわめいているらしいじゃねえか。
どうだ、ステラ、ざまあした気分は!?」
「もともと大して関係ない人たちなので、…あ、でも正直、ちょっとすっきりですかね」
3年前、13歳の時、私は就職活動をした。町の商店や食堂に掲載されている店員募集に片っ端から応募したのだ。貴族ならどうかは知らないが、平民だと、そのぐらいの歳になれば仕事に就くのは当たり前だ。
そして、結果、落とされまくった。知り合いの紹介で行った商会ですら落ちた。最終的には代官である父のコネまで発動したが、それでも落ちた。なんだか、落ちるたびに、自分が全否定される気がしてめちゃくちゃ落ち込んだ。
後から、私は、庶子でスキルなしだから雇うなと商業ギルドがこっそり手をまわしていたことを知った。
あの時は、当時の商業ギルドの会長、副会長その他執行部にいる人たちをすごく恨んだけれど、そんなつまらないことをする奴らだもの、どうせほかの人にもデタラメなことばかりしていたのだろう。いつの間にか、商業ギルドの執行部は全員入れ替わっていた。
だから、今更商業ギルドが後悔したと聞いても、もう遅い、としか思わない。
冒険者ギルドは、身分・職業に関係なく、どんな人でも受け入れる。だから、庶子はたいてい冒険者として生きていくのだということを後から知った。
「そうか、そうか!
それで、実はな、冒険者ギルドで屋台を出そうかと思っていて、その関係で、ジョセフの仕事量が増える。そこで、ステラに午前中のギルド酒場の責任者を任せたい。
やってくれるか?」
「え、屋台?また商業ギルドが文句言ってきませんか?」
「大丈夫!最初は、荒野側にある関所に出すだけだ。荒野に行くのは、冒険者しかいないだろう。それに、冒険者証を提示しないと売らないからな!
実は、早朝出発のやつとか、関所が開くまで野宿するやつとか、SSSを喰いたいという要望が多い」
私はびっくりしつつも、素早く計算する。
「お給料はどれぐらい上げてもらえますか?」
責任だけ重くなって、給料は一緒なんて割に合わない。
「いくら欲しい?」
私が今の勤務時間のまま、1.5倍ぐらいの給料が欲しいと言うとギルド長は笑いながら言った。
「その値段なら、レシピ開示もつけてくれないか?
実は、同じ作り方で再現したが、なんか、こう、ぐっとくる感じというか、効きが違うだろ?俺だけじゃなくて、冒険者がみんな言っているからな。
多分、DDDはあの茶色いエキスに、SSSはたれに使う塩漬け肉に秘密があると見た。どうだ?」
確かに、私は、木の根を煮詰めた汁や塩漬け肉など材料の一部を持ち込みして買い取ってもらっている。けれど、それは作るのに時間がかかるからだ。
あと、レシピの開発者は私ではない。
もしかしたら、私にはわからない、秘訣があるのかもしれない。
「…レシピ開示しないと、無理ですか?」
「…いや、その、これは俺の勝手な予想なんで気にしないでもらいたいんだが、…その、もしかしなくても、茶色いエキスや塩漬け肉の作成に、すげえ優秀な付与術士のスキル持ちが関与しているのかなと思っていて。
もちろん、スキルに関することは、秘密にしてもらっていい。余計な詮索はしない、お互いの仕事の秘密には踏み込まない、それが冒険者のルールだ。
ただ、その場合、そのう、その付与術士に連絡を取ってもらって、いろいろと付与してもらうように依頼してもらえないだろうか。
その場合、無理とか、気に入らないとかで断るのは自由なんだが…。
ステラが付与術士との窓口になってくれるとか、そういうイメージでもいいんだが」
「…付与術士?」
付与術士は、物に魔法の効果を与えるスキル持ちのことだ。
何か、この件に関係があるのだろうか。
だが、窓口をやっていますと嘘を言って、全部断るという方法だってある。
「…もちろん、それは俺の勝手な予想だ。違ったら、それなりの方法を考える。
ただ、さっき言った給料を出すには、ちょっとおまけをつけてくれって、そういう話だ。気楽に考えてみてほしい」
私は、少し人に相談して決めたいというと、ギルド長は了解してくれた。