5 ギルド酒場の朝
冒険者ギルドに行く。
私は午前中、ここの食堂兼酒場で調理のアルバイトをしているのだ。
作るのは、朝一番のDDDとモーニングである。
ギルド前の広場や、ギルドに併設された酒場の床に、何人も冒険者が転がっている。
昨夜、酒を飲みすぎた冒険者たちが、そのまま酔いつぶれて寝ているのだろう。
酔っ払いどもめと思いつつ、酒場の台所に入ると、ジョセフさんがレモン水を用意し、大量の野菜を切ってくれていた。
ジョセフさんは、ここの炊事場のまとめ役のような人だ。
私はそれらを受け取って、魔導ミキサーにかけると、エキスを入れて祈った。
作る量が多いけれど、下ごしらえは他の人と協力してやれるし、ミキサーがあるからあっという間にできる。
「DDDは、ステラちゃんが作ってくれたほうが味がいいんだよね。まろやかっていうか。混ぜるタイミングとかが違うのかな?いろいろやってみたけど、難しいよ」
ジョセフさんは、そうぼやきながら、出来上がったDDDをピッチャーに入れる。
あとは、二人で転がっている冒険者たちを揺さぶり起こしては、コップ一杯のDDDを5ゴルと引き換えに渡していく。
冒険者たちにDDDが行きわたると、酒場がざわつき始めた。
「まずいー!でも、きく!」
「もう一杯行こうかなー」
「おま、勇気あるな…」
冒険者が一人近づいてきて、100ゴルを差し出し、私の手を握った。私は素早く手を抜くと、言った。
「5ゴルになります」
「違う、違う、そうじゃなくて、なあ、これ、あげるからさー」
冒険者は銀貨を見せびらかしながらニヤニヤ笑った。
「100ゴル銀貨入りましたー!」
私が大声で言うと、急いでジョセフさんが来てくれた。
「100ゴル銀貨ありがとうございます!95ゴルおつりです!」
ジョセフさんがぱっと手を出して銀貨を受け取り、お釣りを渡した。冒険者はびっくりしたように受け取ったが、ぼそっとつぶやいた。
「…は、スキルなしがお高く留まりやがって」
私は聞こえないふりをして他の人にDDDを売り続ける。
あまり見かけない女の人が子供を抱いて声をかけてきた。
「すいません、今はお金がないのですが、DDDを分けてもらえませんか。後から必ず払います。
…気分が悪くて、でも、子供がいて、食べるものもほとんどなくて…」
わたしが固まっているとジョセフさんがさっと来て、お金は後払いでいいから、とDDDが入ったコップを渡した。
女の人は、何回もぺこぺことお辞儀をすると、DDDを自分と子供とで半分こしている。
え、子供にも飲ませたの?お酒を?ありえない。
私がむかむかしているのに、ジョセフさんは、親切にも、モーニングも後払いでいいから食べていくように勧めた。
私は炊事場に引き上げると、モーニング用のスープの材料である魔獣の骨を鍋にどかどか放り込み、煮ながら棒で骨を叩いた。
この骨は、他の人達が昨日、下茹でをした後、水にさらして血抜きしてくれているものだ。
ジョセフさんが炊事場に戻ってきて、私を見てにやりと笑った。
「最近、DDD、すごい人気だよね」
「……子供を酒場に連れてくるなんて、よくないと思います」
「うん、まあ、人にはいろいろ事情があるしね。
…知ってた?DDDは、二日酔いだけじゃなくて、食当たりとか、胃痛にも効くって評判なんだよ」
「え…、そうですか?」
毎朝父が二日酔いでうだうだしていてうっとおしいと知人に愚痴をこぼしたら、知人が二日酔いにはこれが効く、とDDDのレシピを教えてくれたのだ。
でも、二日酔い以外に効くなんて聞いていない。
「本当に効くかどうかは知らないよ。だって、僕、作り方知ってるからわかるけど、あれ、しょせんはただの苦い野菜ジュースでしょ。ま、ちょっと薬草入っているけど。
でも、ほら、DDDは、何たって安いし、ひどい二日酔いがすっきりするって効果は村中の冒険者が体験しているからね、なんか効きそうって感じかもよ」
私は想像する。
もしかしたら、あの女の人は、何か古くなった食べ物のせいで、お腹が痛くなって、でも薬を買うお金がなくて、朝早くからDDDを後払いで買えないかとやってきたのかもしれない。
子供を預かってくれる人がいなくて、しょうがないから連れてきて、子供がお腹を壊していないか心配だからDDDを半分こしたのかもしれない。
「どうしよう、私、何も考えずに悪い人だと決めつけていた。態度悪かったですよね」
「そうだった?ステラちゃんは普通じゃない?俺、気が付かなかったよ。
…ま、仮に彼女が、単に二日酔いのお姉ちゃんだったとしても、DDDで二日酔いが治ったのなら、子供にとってもいいことだよね」
「私はそこまでは寛大になれそうもありません」
「ま、ね。最近、変な奴多いからさ、ステラちゃんが怒るのわかるよ。…王国が滅びるとかって、みんなギスギスしてるし。
でも、とりあえず、ヤポック村はどうにかなってるから、俺たちまで人を責めて嫌な気持ちで生きることもないのかな、って。
嫌なことあるし、俺、バカだけど、毎日、今日もなんとか暮らしていけるから、優しい気持ちで暮らしていきたいなって。
…うるさくってごめんね」
確かにそうだ。
魔王討伐隊が全滅し、神聖ローシャン王国が滅びそうで、でも、私たちは今までどおり生きている。
私はジョセフさんに、お礼を言った。
嫌な冒険者の男から助けてもらったことと、女の人について勝手に決めつけて責めていたことをやんわり気づかせてくれたことと、両方に対してだ。
そして、お詫びの気持ちも込めて、心の中で、さっきの女の人と子供の幸せを祈った。