episode 5
落ち込んでいるかと思った歩は、二人を笑顔で迎えた。
「リクもいるならちょうどよかった。反省文を書けって言われているんだけど、どう書きゃいいんだ? 知恵貸してくれよ」
「ごめんねアユミ。私のせいでこんなことになって……」
「おい、なんでサキが謝るんだよ。悪いのはジミケンと学校なんだ。サキが苦しんでいるのを知っておきながらなにもしなかったんだからな。謝るべきはなにも行動しなかったダメな大人たちだ。そうだろ?」
「俺は事情を知っていたのに、なにもできなかった。……ごめんサキ」
「ううん、リクにはいろいろ助けられているよ。いつもありがとう。それに大変な思いをしているのは私だけじゃないよ。他にも似たような家庭はあるのに、私だけが助けてもらうわけにいかないから」
歩のお母さんがジュースを持ってきてくれた。
「サキちゃん。さっき教頭先生から連絡があってね、明日からまた学校に来ていいって。だからアユミのことは心配しなくていいのよ」
「そうなんですか? よかった」
「ああ、学校の対応に落ち度があったって認めたらしいぞ。代わりにジミケンが自宅謹慎になったけどな」
「宮沢先生が謹慎? それで今日は学校にいなかったんだ」
歩のお母さんの話によれば、歩を出席停止にした後、直ちに職員会議が開かれた。職員室にいた先生たちの証言から、学校の対応や宮沢先生の発言にも問題があったと判断された。反省すべきは学校の方だったと、教頭先生から謝罪があったらしい。
「そうは言っても、ついカッとなってジミケンの胸ぐらつかんだのは事実だからな。反省文を出せば、内申書には書かないってさ」
「アユミ、リクも。私のために本当にありがとう」
「だから俺はなにもしていないって」
「なぁサキ、周りに迷惑をかけないように生きるなんて無理なんだよ。ひとりで抱え込んだって解決しないんだから、これからは相談したり頼ってくれよ」
「抱え込んでるつもりはなかったんだけど、私がやるしかないから必死だったの」
「大人なんて年取ってるだけで、みんな頼りにならないからな」
歩がお母さんの前で軽口をたたくが、「アユミに相談しても却って問題を大きくするだけでしょう」と言い返される。
「でもね……。この頃は、サキちゃんが話しかけてくれないって寂しがっていたのよ。見た目はこんなだけど、中身は小学生のまま変わってないから、たまには話し相手になってあげてね」
「な! なんだよそれ! よけいなこと言わなくていいよ」
「なんだアユミ、ツンデレだったのか?」
「やめろリク。あたしはツンデレじゃないぞ!」
後日、学校は咲の家庭環境について、早急に関係各所へ連絡を取り、学校としてもできる限り支援を行うと約束してくれた。また、判断が遅れたことについても謝りたいとの申し出があった。
咲と母は、謝罪受入れの代わりに、担任の宮沢先生の謹慎を解くよう伝えた。自分たちのせいで、誰かが不利益を被るのは心苦しいからだ。
昼食後の休憩時間に、陸が手招きして咲を呼ぶ。
「どうしたの、リク?」
「ちょっと見て欲しいものがあるんだけど」
陸について廊下を歩いていく。どこからか楽器の音が聞こえてきた。この先には音楽室がある。
吹奏楽部にしては音程が外れた初心者のような演奏だし、部活の練習なら放課後にやるはず……。
ドアの窓から中を覗き込むと、楽器を持ったギャル集団が真剣な眼差しで音符を追っている。その中にはアルトサックスを手にした歩の姿もあった。
「えっ、アユミ? なにやってるの?」
咲に気付いた歩がドアへ駆け寄る。
「ようサキ、待ってたぞ」
「勝手に音楽室を使ったら怒られるよ」
歩が黙って前方を指差す。その先には――。
謹慎を解かれた宮沢先生が、気まずそうに頷く。さらに、ピアノの前では音楽の先生が手を振っている。
「秋の文化祭でサキのピアノが聞きたいって言ったら、教頭が特別枠でミニコンサートでもやったらどうかって。学校公認なら参加したいって奴らが集まってきてさ、あたしもサックス練習してんだ。ということで、サキはピアノの練習よろしく」
「よろしくって、私はもうピアノは……」
連れてきた陸が、「昼休みと休憩時間なら音楽室を自由に使っていいって。学校にいる時間ならピアノの練習ができるだろ。音楽の先生も協力してくれるんだってさ」
「吹奏楽部も協力するって言うし、うちらも頑張って練習するからさ。一緒にやってくれよサキ」
「実は俺も巻き込まれたんだ……」
「え、リクもやるの?」
歩の何気ないひと言で、咲の周りの環境が大きく変わって行く。