episode 4
教室に入ってきた歩のギャル仲間が、特ダネでもつかんだようなしたり顔で話しだした。
「ねぇねぇアユミ、聞いて。サキのやつ、高校へ行かないで就職するらしいよ」
「えっ、就職する? どういうこと?」
「職員室でジミケンが教頭に報告してるの聞いちゃったんだ」
歩はスーパーの前で演奏会を食い入るように見ていた咲の姿を思い出した。それに、陸が『サキの家にピアノはない』と言っていたことも。
ピアノと就職、どういう関係があるのだろうか。
教室を見回すが、咲の姿はない。陸もいない。
三者面談をした宮沢先生なら、理由を知っているはずだ。
歩は教室を飛び出し、職員室へ向かった。
高校のパンフレットをファイリングしていた担任の宮沢先生に、歩が声をかける。
「サキが高校に行かないって本当?」
「え? いや、まだ決定したわけではないよ。もう一度よく話し合うようにと言ってある」
「なんでそんなことになってるの? ここ最近、様子がおかしいけど、なにか関係があるんじゃない?」
「それは家庭の事情だから関与しない。先生としてはきちんと将来を考えて高校へ進学して欲しいと思ってるよ」
「家庭の事情ってなに? 知ってるなら教えてよ。将来もピアノを弾いていたいと言ってたサキが、急に就職するなんて言うわけがない。それなりの理由があるんじゃないのか?」
「うん。まぁその……、ひとり親家庭で、おじいさんの介護があったりして家計や生活が大変というのは聞いている」
「え、介護……?」
「お母さんが働いているから、家のことはサキがしなければならないしな。大変なんじゃないかな」
「サキが……、家のことをひとりで全部やってるって?」
「ああ、そうらしい。誰にも言うなよ、個人情報なんだから」
そこまで話した宮沢先生は、余計なことを喋ってしまったと顔をしかめて、教頭や学年主任に聞かれなかったか職員室を見回した。そして、この話は終わりだと言わんばかりに、次の授業の準備に取りかかろうとする。
歩はまだ話を終える気はなく、宮沢先生の肩に手をかけ、「学校でなんとかしてやれないのかよ」と食い下がる。
「なんとかと言っても、進路を決めるのは先生や学校じゃない。どういう事情があれ、個人の……家庭のことにまで首を突っ込むことはできないからね。どこかの支援機関にでも頼めば、なにか手立てはあるかもしれないけど」
「その支援機関ってのに頼めば、サキは高校に行けるのか?」
「それはどうだろう? 福祉の専門家が、学校や自治体と連携して問題解決に向けて働きかけてはくれるけど、金銭面で諦めなければならない場合もある。お金の支援もしてくれるはずだけど、詳しくはわからないな。あくまでもこれはサキの家の問題だ。学校の問題じゃないから」
歩が手を固く握りしめる。咲がそんな大変な思いをしていたなんて。愚痴のひとつでも言ってくれていたなら、気付いてやれたのにと悔しさが湧き上がった。
「それなら学校から支援機関に頼んでくれよ」
「うーん、先生としても進学して欲しいんだけど、いろいろ忙しくてなぁ……」
咲の状況も助ける手立ても知っているのに、学校や教師がなにも対処しないことに腹が立つ。いつだって自分たちの保身と安定しか頭になく、他人のことは後回しだ。
「あたしが連絡するよ。どうすればいいのか教えてくれ」
「そんな簡単なことじゃないんだ。申請手続きとか手間もかかるし、だいたい当事者でもないお前みたいな子供になにができる?」
歩は怒りに震えて宮沢先生の胸ぐらをつかんだ。
「ふざけんな! てめぇ、それでも担任か?」
突然の大声に職員室は騒めき、状況に気付いた教師が止めに入った。
「落ち着きなさい!」
すぐに引き離されたが、歩の怒りは収まらない。
「なんで知ってたのに、助けてやらなかったんだ! 知らんぷりしておいて、なにが“生徒の将来を考えた進路相談”だ! サキの本心も知らないくせに!」
歩の行動が暴力行為とみなされ、即日から三日間の出席停止措置となった。進学する上で重要な内申書にも影響するだろう。
歩が出席停止となったことは、担任の宮沢先生ではなく、学年主任の先生がクラスに伝えに来た。理由については詳しく言わなかったが、あとから咲だけが校長室へ呼ばれて原因を知ることとなる。
「私、アユミの家に行ってくる」
放課後――。
自分のことが原因で歩が大変なことになっていると知った咲は、どうしても歩に会って謝りたかった。
「俺もついて行っていいかな?」
一部始終を聞いた陸は、歩と咲、どちらも心配になった。
「でも、リクは塾があるんじゃないの?」
「サキこそ、家のことやらないといけないんだろう?」
「今、アユミに会うこと以上に大事なことってある?」
「そうだな」