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作者: 抹茶小豆

少年の瞳に光る一筋の涙は、この世に存在するどんな物質よりも純粋で美しいものに思えた。彼の友人がその傍らに立ち、慰めるかのようにそっと肩に手を置くと、少年は一瞬振え、反射的に強くその手を払いのけた。

少年は今自分が泣いていることを恥じ、その涙を見られまいと、できる限り友人から顔を背けた。


「同情なんて、いらない」


それは、彼の精一杯の強がりだったのかもしれない。

必死に虚勢を張っていないと、心が萎えてしまいそうで、

少年はその場に蹲り、思わず自分の膝を抱きしめた。


彼はまるで手負いの獣のように、ただじっと己の傷の痛みに耐えているかのようだった。


友人は彼からそっと視線をはずし、窓の外を見つめた。

日はすでに傾き、西の空が茜色に染まっている。

買い物帰りの親子連れが、楽しそうに手をつないで道を歩いている様は、どこまでも平和で幸せな光景だった。


いつもとかわらない、日常の何気ないその光景を眺めていると、あの惨劇のことなど忘れてしまいそうになる。


そう―――あの惨劇。


不意にあの惨劇が脳裏に鮮やかに蘇り、友人は思わず顔を伏せた。

窓枠にかけられた、彼の繊細な指先が、微かに震えている。

彼はその衝動に耐えるかのように、きつく唇をかみ締めた。

幾度か大きく息を吸い込み、己を制すると、意を決して静かに口を開いた。


「あれは、確かに不幸な事故だったと思う。

 だけど、俺は決してお前に同情なんて、しない。

 お前がもう少しだけ、気をつけていれば、あんな事故なんて起きなかったはずなんだ」


少年は友人を見つめ、小さく頷いた。

「ああそうだ、あれは確かに俺の不注意が招いた事故だった。

だけど、お前に俺の痛みはわからない」

もって行き場のないやるせなさ、憤り、後悔、自責の念が涙となって頬を伝う。


部屋の中には未だ生々しくあの惨劇の爪あとが残されていた。

純和風のその部屋に置かれた、古びた箪笥があらぬ方向を向いている。

その箪笥の上に置かれていたであろう、ガンプラたちが無残にあたりに散乱し、衝撃の強さを物語る。


友人はなおも小刻みに震え、顔を紅潮させている。

「だけどお前…

箪笥の角に足の小指をぶつけて……」

「笑うな!」

少年の鋭い制止の声が飛んだ。


その横隔膜にやがて鈍い痛みを感じ始め、軽い酸欠状態に陥るころ、

彼の瞳にもまた、美しく光る一筋の涙が流れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 ガンプラかぁ。 確かに惨劇かもしれない。 あの緻密なガンプラを組み立てるだけでも大変なんだろうから。 いや、笑かしてもらいました。
2010/05/19 15:21 退会済み
管理
[一言] 抹茶小豆先生、はじめまして。 私は書いてると変に一生懸命になってしまって、なかなかこういうのが書けないので、その分とても楽しく読まさせて頂きました。 他のもいくつか見させて頂いて、これは…
[一言] 物理的な痛みと精神的な痛み。 表現の仕方が見事で、すっかりだまされてしまいました。 ――確かに私には彼の痛みが分からない(笑) と言うのも、幸運なことに、私は小指を角にぶつけた体験はありま…
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