挑発
5月。上野で動きが……。
曽根昌世「織田が上杉と諍いを起こしているのは確かな事。しかし問題はそこでは無い。」
依田信蕃「いくさ以上に大きな事となりますと?」
曽根昌世「滝川様が厩橋城(群馬県前橋市にあった城)で能の興行が執り行われた。目的は自らの勢威を示すため。そこには多くの上野の国衆が集まったそうな。さながら……。」
上杉謙信が関白を伴い関東に入った時のように。
曽根昌世「誰に対し行ったものであるかわかるであろう。北条氏政に対してである。
『もはや関東は織田の掌中にある。その気になればいつでも北条を倒す事が出来る。織田信長様の手を煩わせる必要は無い。今日この場に集まった者共が先兵となって何処へでも兵を動かす事が出来るのだぞ。
織田はこれまでの相手とは違い、兵糧切れは存在しない。耕作のため戻る必要も無い。何年でも滞在する事は可能である。いつまでも拒んでないで、出仕せよ。』」
依田信蕃「そんなに豊富な物資が……。」
曽根昌世「私の所にも届けられている。尤もこれを貯蓄に回した瞬間。信長様から放逐される運命にはあるのだが。」
依田信蕃「……大変だな。これに対し氏政は?」
曽根昌世「特に動きは見られない。」
依田信蕃「……そうか。ところで徳川様と穴山様が京に上られると聞いているが其方も赴くのか?」
曽根昌世「いや。私は対象にはなっていない。同盟関係にあるとは言え、北条と境を為している事。此度の上洛は信長様が甲斐から戻られる際、執り行われた接待への御礼。その接待に関わった徳川様と穴山様が呼ばれる事になった次第である。」
依田信蕃「其方の役目は変わらず。」
曽根昌世「富士川以東の要塞化に励むのみ。」
依田信蕃「それはそうと越後はどうなっている?」
曽根昌世「滝川様の部隊は押し返された。しかし森様の部隊は(上杉の本拠地で越後国の)春日山城に迫ったとか。そのため景勝は越中国魚津城の救援を断念。これより前、越後北部の国衆が織田の誘いに乗り南下。そのため上杉景勝は春日山城周辺を固めるのに手一杯の状況にある。」
依田信蕃「魚津城は?」
曽根昌世「恐らくであるが、高天神城と同じ末路を辿る事になるであろう。同じ事は春日山にも言える。織田の大兵が押し寄せて来たら……誰もが(武田がそうであったように)ああなってしまうのが自然な流れ。お前ぐらいだぞ。辛い思いしなくて済んだのは。」
依田信蕃「殺される運命になってたのだが。」
曽根昌世「徳川様や家臣から大事にしてくれているだろ?」
依田信蕃「……そうだな。」
曽根昌世「今は身体を休めておけ。」




