3-06 出張
翌日午後一番。制服を着てニグルム陛下の執務室へと向かう途中にエスタと廊下で会った。よかった、顔色もよく元気そうだ。彼は一瞬悪戯っぽく笑った後周囲に怪しまれない様歩きながら静かに話す。
「お疲れ。昨晩はありがとう。そう言えば昨日の兄貴の縁談はどうだった?」
「いえ……縁談はつつがなく。私達も令嬢に紹介していただきましたが……皆、令嬢が別人のようだと話していました。」
「ああ、だろうな。あれは別人のようだでは無くて本当に別人だろう。」
「え?」
「着いたぞ。」
私は扉をノックする。
中から応答が有ったので扉を開けエスタを先に通し入室した。彼はニグルム陛下の机の前へと進む。私は扉の近くで待機だ。
「やぁ、昨日はお疲れ様。皆すまない、エスタと話をしたい席を外してもらっていいかな。マヤは残っていてくれ。」
そう言って人払いをした。私も残されてしまうのが気まずい。
彼は優しく私に笑いかけた。
「マヤ、こちらにおいで。」
そう言われ、私はエスタの隣に立った。
人払いをして扉が閉まった後、ニグルム陛下はゆっくと話し始める。
「エスタとマヤに頼みが有る。明後日から二泊三日の日程で二人とも旧シールバ領の引き継ぎと視察に行ってほしい。そこに『ノーベム』を同行させてほしい。」
『ノーベム』とは混合第九小隊。騎士と魔道士混合の十人ほどの小隊で隠密行動を得意とする。陛下の隠し刀とも言われている小隊だ。下っ端の私には詳しい活動内容までは分からない。
「……なるほど、俺達を隠れ蓑にルーチェンス公爵の周りを探るのか。『ジャックフロストが寝ている』って言っていたもんな。分かった行ってくる。」
彼はあっさりと了承した。それにジャックフロストって……?
私はエスタに尋ねた。人が居たら私は尋ねられなかっただろう。この時ばかりは人払いしていただいて良かった。
「エスタ殿下、ジャックフロストとはなんですか?」
「雪の妖精だ。子供のようにじゃれついて来る元気な妖精なんだが、ルーチェンス公と俺達の間で隠語としても使っている、普段元気な妖精が眠るくらい言葉にできない危険が迫っていると。」
私は言葉を失った―――危険
「彼の一族と私達王族は長い付き合いだ、世話になっているし、彼は何かと自力で解決してしまう人だが、あえて僕らに助けを求めてきた。彼に応えたい。」
「あのベル嬢は別人だ。彼女は城に来る度に悪戯をしていくが二日とも何もしなかった。姿は瓜二つだが、あの別人下調べが足りてないな。」
エスタはにやりと笑いながら話した。
悪戯? 彼女もお転婆令嬢なの? どんな悪戯を??
いささか信じられないので陛下のほうを見るが、彼もさも『そうだ』という顔で頷き話しを聞いていた。本当なのか……。本物のベル様とは一体……。
「それにルーチェンス公が彼女の前で隠語を使わざるを得ない状況と言う事は、彼女が黒幕か……他にも脅されているのだろう。急に王都から使者が押し掛けたら警戒される。偶然にもマヤの領地が隣り合っているから領地の引き継ぎと視察と銘打って行って欲しい。そのついでにルーチェンス公たちにも挨拶をしに来たと。君らで彼女たちの気を引いている隙にノーベムに探ってもらう。解決が出来ればベストだが、情報収集だけでも構わない。不測の事態が起きたら応援もすぐ出だせるように近隣の領で訓練の名目で待機させる。」
「わかった。まあ、俺達は領地の引き継ぎをメインとさせて貰う。では妖精騎士殿は借りて行くぞ。」
「ああ。万が一距離で契約の逃亡に触れそうなら中止してもらって大丈夫だ。代案はある。エスタ、マヤの事くれぐれも頼んだよ。」
ニグルム陛下は静かにエスタを見据えてそう言った。
そうだ、わたしと陛下は召喚主と召喚妖精と言った主従関係がある。その契約内に逃亡禁止の項目が有るが……彼が私が逃亡したとみなさない限りは大丈夫だと思う。
しかし、緊張感のある出張になりそうだ。




