3-02 砂糖菓子
私は王宮の敷地内に有る騎士寮の一室に入った。
ここ最近は式典に臨むにあたり、練習やマナー講習、今後の打ち合わせなど予定を詰め込まれていた為に、エスタの魔法屋に戻れずここに下宿していた。
部屋に入りパタンと戸を閉め、ふらふら~と椅子に座る。
ああ……疲れた。会社員時代を思い出す。
部屋の隅の机の上にはミカン箱大の木箱が置いてあり、その中には一緒に連れて来た子ミミックが居た。この子に餌を与える。
もうすっかり懐いてしまい噛みつかなくなっていた。甘えて甘噛みをしてくる始末だ。野性を忘れてしまっている……。
「遅くなってごめんね。はい、あーん。」
そう話しかけつつ餌を与える。
可愛いなぁ、癒される……一応売り物なので買い手がついてしまった時は悲しいかも……。
子ミミックにほっこりしてると扉がノックされた。こんな時間に誰だろう? 私は、そっと扉を開けると……
「あぁ……疲れた……。」
エスタ先生だ。彼の服装はいつも魔法屋で着ているゆったりとした服装で前髪も下しているが伊達眼鏡はかけていなかった。彼は伸びて肩をほぐしながら自分の部屋のように入ってきた。
目の前に居る私を荷物を運ぶかのように“よいしょ”と抱きかかえ、そのまま部屋の真ん中に戻される。目をぱちぱちしている私をよそに、彼は充電するかのように再び抱きついて来る。私も彼の香りと温かさで疲れが癒されていく。が……
「何で先生が……」
私は言葉を続けようとした時、彼はすっと離れてムッとしながら私の唇に人差し指を軽く押し当てた。
「な・ま・え。」
……私は顔を赤くしてプルプルしながら「何でエスタが?」と訂正する。
私達は先日の一件から関係性が変わったのだった。
◇ ◇ ◇
先々週、店先で学院からの手紙を確認していた時にエスタから告白の匂わせが有った。私は興奮のあまり貧血を起こして卒倒。
心配したエスタに担がれて自室に運ばれた。彼は器用に部屋の扉を開けて私をそっとベットに降ろす。
「夕方まで休め。」
「ありがとうございます……先生?」
私から離れようとする彼の服の裾を掴み、引き留め確認した。
彼とは数カ月同じ屋根の下で過ごし、様々な困難を乗り越えた仲だ。この世界に慣れない私に優しくしてくれた人物でもある。それに不可抗力とはいえ幾度かキスまでしていると意識してしまう。彼と過ごす時間はとても心地よくて楽しい。だからはっきりと聞きたい。
「先生は私の事どう思っているんですか?」
「好きだ。……マヤも俺の事、好きだと思っていると捉えていいのか?」
先生は真剣な顔で目を見つめて答えてくれた。私も彼に尋ねられる。もちろん答えは……
「はい……好きです。」
私は布団に隠れるように彼を見つめる。
「嬉しいよ。……じゃあ、これからは名前で呼んでくれ。体、無理するなよ。」
「ありがとう……エスタ。」
彼は角に優しく手を置き額に口づけされた。角がくすぐったい。彼は優しく微笑んで部屋から出て行った。
……ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!心臓が……心臓が!ばくばくする!!
私はうつぶせになり手足をばたつかせて悶える。とうとう彼の気持ちを聞いてしまった。両想いなんだ。
(良かったのう。わたしもエスタは賛成じゃ。)
―――はっ!
私の頭の中に直接話しかけるのは、真夜の君。訳有って私と融合したサキュバスだ。彼女はいつも私の中から静かに世界を観察している。もっぱらイマジナリーフレンド化しているが……何かと不安な時に支えてくれる心強い相棒だ! それに戦闘狂でもある彼女のお陰で今の私が有ると言っても過言ではない。
彼女は私の体の感覚もシェアしている。なので、私が良くても彼女は嫌な感覚もあるはずだ。私の思考を読み取ったのか彼女が返す。
(賛成と言ったじゃろ? お互い敬意がある相手なら大歓迎じゃ。マヤより長く生きて沢山経験しているからのう。最近寂しかったくらいじゃ。それに肉体を持ったからのう……とても気持ちいいと聞いたことが有る! 愉しみ愉しみ。ひゃっひゃっひゃっひゃっ……!!)
◇ ◇ ◇
今思い出すと色々恥ずかしいが……こんな事が有ったのだ。
二人で居る時は名前で呼び合っている。だが人前では変わらず先生、そして王宮内では殿下と呼ぶことが多くなったので名前呼びはまだ慣れていない。
なので私は彼にこのように甘く正される。子ミミック同様、彼もこのように甘えてくるのだ。その……嬉しいです。もちろん。
ちなみに私たちの関係はまだ誰にも打ち明けていない。付き合い出して日が浅いのと私の妖精騎士の件で立て込んでいたからだ。
しかし私との関係を打ち明けられないエスタには縁談が舞い込んでくる。彼は堂々と縁談を断れない為『兄貴から決めてくれ』と周囲に言い放ち、ニグルム陛下を贄にして縁談を逃れている。
「何でエスタがここにいるんですか? 城内に部屋が有るじゃないですか?」
そう、城には王族の住居スペースも有るのでもちろん彼の部屋も有るのだ。私に言われて彼は不満そうに答えた。
「あそこは……シャルが部屋に遊びに来て眠れないし、落ち着かない。」
シャルは彼の影武者でも有り学生時代からの親友だ。陽気でバイタリティ溢れる無邪気な青年の為、私は『あーそーぼー!』と言ってエスタの部屋に突撃するシャルの姿が安易に想像できた。……それは、修学旅行の夜ですか。
エスタはソファにもたれ掛り、その後バタンとソファに倒れ込んだ。部屋の主より寛いでる。
「ここならマヤもいるし安らげる。シャルが寝静まった頃に戻るから、少しぐらい話に付き合ってくれてもいいだろう?」
「いいですけど……」
私はどきどきして寛ぐどころではない。……そうだ、仕事の話をしよう。
「エスタ、聞きたいことが有って……なんで旧シールバ領をみんな欲しがらないんです? あそこはエルフの村が有って工房もあるから逆にみんな喉から手が出るほど欲しがりそうだけど……?」
そう、私が領主になる旧シールバ領の森には国内最大のエルフの村があり、そこには魔法使いが憧れる魔法具工房があるのだ。その工房の品々は世に出ると高値で取引されることが殆どだ。
「エルフの工房は気に入った者の依頼しか受けない。気に入らないものは森にすら入れないからな。それに湖の人魚達も気分屋で気に入らない奴は声で気絶させるから近づきたがらない。それなのに領主は国に税を治めなくてはならないから、あの土地を持っているだけで赤字だと噂されているからなぁ。」
「税……赤字……。」
久々に聞いた言葉で急に現実味が増してきた。やはりありますよね。その制度。
その赤字の領を持ってしまったのか?どうしよう……だからみんな領地の話になると同情の目で見つめて来たのか!
私の不安そうな顔をみて励ますように彼はつづけた。
「簡単だ。彼らとうまく付き合えばいい。仲良くなるとエルフの工房はキャンセル分の杖や試作品をこちらに収めてくれる。それを販売してそれを税として治めたり、村のインフラ整備に使ったりする。人魚も仲良くなると、落ちた鱗や湖の底に落ちている宝石をくれる。それらを活用すれば余裕だ。シールバ婆はそれを公にしてなかったんだ。豪遊するタイプでもなかったらな。まぁそれを知ったら皆血眼になって欲しがるだろうけど。」
シールバ婆……以前シールバ伯爵夫人が治めた後この領地は王室領となりその管理をエスタが行っていたらしい。伯爵夫人を婆呼びするぐらい二人は仲がよかった。
「良かった。安心しました……彼らに気に入ってもらえるといいんですが……」
「こんな俺でも彼らは良くしてくれたんだ。よっぽど変なことしなければ大丈夫だ。そう言えば……マヤは明日どうするんだ?」
「明日は、マナー教室とダンス教室が有るので、それが終わったら魔法屋に戻ります。」
この国では大きな舞踏会が年4回有るが春の舞踏会だけは今日爵位を得た者達は必ず参加してお披露目しなくてはならない。春の舞踏会はあと一か月で……果たして私は踊れるようになるのだろうか?
「ああ、春の舞踏会対策か。どっち側で踊るんだ?」
「どうやら、エスコートする側です。陛下の縁談がまとまるまでは男装で行くことになる様なので。」
「なんだ。俺はマヤと踊れないのか。」
子犬のようにしゅんとした表情をされてしまった。可愛い。
「いずれ機会ありますから。その時は一緒に踊ってください。」
「そうか、その時は一番に申し込みに行く。あ……あと、謝りたいことが有る。」
彼は更にしゅんとして話し出した。何だろうコワイ。
「実は逃げ切れなかった縁談が有って、来週会う事になった。令嬢と会うがこの話は断るつもりだ。マヤの気を悪くしたらすまない……。」
わお……ニグルム陛下を生贄にしてもとうとう断れなかったのか……しかしこれは仕方がない。
「それは大変ですね……でも大丈夫。分かっていますよ。気にかけてくれて嬉しいです。」
「ああ、すまない。マヤが落ち着いたらこれからについて話そう。今日はそろそろ休むか……夜遅くに悪かったな。じゃあお休み。明日頑張れよ。」
彼はそう言って私を軽く抱きしめると額にキスをして去って行った。
不意に甘々な行動が出るので私の心臓は大忙しだ……嬉しい悲鳴だ。
明日頑張れば魔法屋に一時帰宅できる。頑張ろう!!




