01 わるい夢
ご覧いただきありがとうございます。ここから本編スタートになります。
私は佐伯真夜。20代、女性会社員だ。
今日は待ちに待った金曜日。今週もよく頑張った。仕事で疲れていたけれど、家路をたどる足取りはとても軽い。
いつもは自炊をしているが、今日は自分へのご褒美として、ローストビーフ丼を途中で購入してアパートに帰った。
ささやかな晩餐を愉しみ、お風呂に入りスッキリした私は、お気に入りのモコモコの部屋着を着て、今夜の楽しみに手を伸ばした。
ゲームだ。ポータブルのゲーム機。最近買ったのだ。
私事ですが、半年前に彼氏と別れた。
運命だ、永遠だなどと語り合ったのに、『つまらない、刺激が無い』と言われ、振られてしまった。別れた当初はわんわん泣いたが、仕事に没頭し、一か月後には平常心を取り戻した。
恋愛はしばらくいいかなと、心の穴を塞ぐのを諦めた。独りで強く生きてこう。そう思ったのに、私の心の隙間を見抜いた仲の良いSNSのフォロワーさんからゲームを勧められた。
乙女ゲームだった。ゲーム内で優しい言葉をかけられ、乾いた心に水が与えられた。心の水は増えて行き、やがて沼になり、嵌った。でも後悔はしていない。
子供の頃は兄につき合わされ、大乱闘するアクションゲームや格闘ゲームでボコボコにされたり、したり。それ以外を知らなかった私には衝撃だった。
明日は休みだから、今宵は沢山イベントを進めよう。かくして、私はうきうきとベッドに転がりゲームを始めるのであった。
◇◇◇
結構、章を進められたなぁ。充実している。同じ体勢が続いたので、私は軽く伸びをして起き上がった。首を左右に傾けほぐしていると、
―――ミシッ!
家鳴りだ。私の骨が鳴った訳ではない。驚いて身構え、音がした方向を、きょろきょろと見渡す。新しくはないアパートなので地震の時に多少の家鳴りがある。家鳴りの後に揺れが来ることが多い・・・だけど今回は家鳴りだけ。揺れなくて良かった。でも原因が思い浮かばないだけに気味が悪い。この部屋は、二階の角部屋で現在隣は空室だ。
―――カリカリカリカリ・・・
その音は窓から聞こえた。ひゃっ!・・・なに?ネズミ?蝙蝠?
窓ガラスを掻く音が聞こえる。ホラーは苦手なのに、何この音、気持ち悪い。幽霊は嫌だけど人間だったらもっと怖い。
「嫌だ・・・心霊現象?」
次の瞬間―バツン!!
照明が落ちた。心臓が口から出るんじゃないかと思うぐらい驚いた。
「ひえぇっ!!何! スマホ・・・スマホ!!」
何が起こったのだろう?様子がおかしい。ゲーム画面の光源だけでは心許ないので、テーブルの上に置いてあるスマホを取ろうと慌てて手を伸ばしたら、ベッドから転げ落ちた。
「ひゃっ!・・・いたっ・・・。」
床に向かってうずくまり、哀しい声で啼いた。テーブルの端にでも打ち付けたのだろうか、左手が痛い。どうして、こんな怖い思いをしなくちゃならないの?日頃の行いが悪かったの?勤労のご褒美・・・せっかくの至福タイムだったのに・・・悲しくなる。
もうヤダ。誰かに優しくされたい。
「大丈夫?」
私の願望が届いたのか、私を心配する声が聞こえた。優しい男性の声だ。弱っていたところで優しくされて涙が出そうになる。しかし、直ぐ冷静になって涙が引っ込んだ。
―――えっ・・・?声?なんで、助けてくれる人がいるの?家には私しかいないのに。不法侵入者?もしかしたら夢?―――
私は、恐る恐るゆっくりと頭を上げた。声の主を見る為に。
次第に情報が飛び込んで来る。部屋が明るい・・・そして、目の前で男性が心配そうな面持ちで、私に向けて手を差し伸べていた。
年は私より少し上・・・栗毛色の短髪、茶色味を帯びた優しい目、どこかで会った事が有るのか、懐かしい感じがした。柔和な雰囲気で敵意は感じない。
違和感があったのは服装だった。一見よく見るサラリーマンのようだけど、ジャケットの代わりに黒い・・・マント?いや、ローブを纏っていた。私は焦点を変えて彼の背後を見る。知らない壁。私の知らない部屋だった。
「私の部屋じゃない?・・・ここ・・・どこ?」
思わず言葉が零れた。悪霊やゾンビが居なくて良かったけど情報の整理が追い付かず、放心状態でゆっくり彼や周囲を見ていた。すると彼は悲しそうに微笑んで教えてくれた。
「ここは・・・悪い夢の中だよ。」
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