狼と子山羊たち
「開けておくれ、お母さんが帰ったよ」
狼は猫なで声で、扉の向こうの子山羊たちに呼びかけました。
「悪い狼が騙そうとするから、簡単に扉を開けちゃいけないって、お母さんが言ったよ」
「おや、いい子だね。わたしの言いつけをちゃんと守っているね。
じゃあ、扉の隙間からわたしの白い前足を確認しておくれ。
ほおら、狼はこんなに白い前足をしていないだろう?」
狼はたっぷりと小麦粉を振りかけた前足を、隙間から差し出します。
「あ、本当だ。これは山羊の前足だ。
お母さんに間違いないよ」
「そうだろうとも。さあ、わかったら開けておくれ」
「お母さん、扉の鍵は厳重で開けるのに時間がかかるんだ。
その間に、お店へ行って小麦粉を買ってきてくれない?」
「へ?」
「お母さんの真っ白い手を見ていたら、パンケーキが食べたくなっちゃった。
僕らは七匹もいるから、小麦粉がいっぱいいるんだ。
お母さんが持てるだけ、買ってきてちょうだい!」
「……わかったよ。じゃあ行ってくるから、その間に鍵を開けておくんだよ」
「わかった。行ってらっしゃい」
しばらくして、狼が小麦粉の大袋を二つ担いで戻ってきました。
「ただいま、子供たち。小麦粉を買って来たよ。
さあ、開けておくれ」
「お母さん、おかえりなさい。小麦粉は外に積んでおいて。
お母さんの胸に飛び込みたいから、身体一つで入ってきてね!」
「ああ、可愛い子供たち」
狼が扉の中へ踏み出すと、そこには罠がありました。
すぐに頑丈な網に閉じ込められ、狼は宙ぶらりん。
「な、なにが起こったんだ!?」
「お前は捕まったんだよ」
屈強な猟師が出てくると、こん棒で狼の眉間を一発。
すぐに狼は気絶してしまいます。
「子山羊さんたち、協力してくれてありがとうな。
これは、狼の買い取り代金だ」
「ありがとう、猟師さん!
僕たち、お小遣いが稼げてとっても助かってるんだ」
「こちらこそ、助かってるよ。また、よろしく頼むよ」
子山羊たちは猟師を見送ると、皆でえっさほいさと小麦粉を家の中へ運び込みます。
しばらくすると、本物のお母さんが帰ってきました。
「お母さん、おかえりなさい!」
「ただいま。留守中何か変わったことはなかったかい?」
「いつも通りだったよ。はい、これ。
猟師さんからもらった、いつものお駄賃」
子山羊は母山羊に、一枚の金貨を差し出しました。
「小麦粉も大袋で二つあるよ」
「まあまあ、それじゃあパンケーキを焼こうかね。
みんな、手伝っておくれ」
「わあい、お母さんのパンケーキだ!」
部屋の隅にはハチミツの入った大きな壺があり、外には竈で使う薪が山と積まれています。
鶏小屋には雌鶏が何羽もいて、新鮮な卵を産んでくれます。
これは全部、狼たちのお土産なのです。
パンケーキが焼き上がり、皆でテーブルにつきました。
「今日も美味しいご馳走がいただけるのは、狼さんのお陰だよ。
尊い犠牲に感謝して、美味しくいただきましょう」
「狼さん、ありがとう。いただきます!」
元気な子山羊たちが唱和します。
食後、お母さんが金貨を壺に入れました。
「お母さん、だいぶ貯まってる?」
「そうだね、でも、町で暮らすにはまだ足りない。
もうしばらく、皆で貯金しようね」
「うん、お母さん。僕たち頑張るよ!」
数日後、お母さんが仕事に出かけて行きました。
「いってらっしゃい、お母さん」
「いってきます。狼には気を付けるんだよ。
手順を間違わないようにね」
「はい。慎重にやります!」
お母さんは仕事に行く途中、森の中へ入ると大声で独り言を言いました。
「ああ、この前食べた子山羊は美味かったなあ。
森の近くの小さな家は、どうして子山羊だけで留守番させるんだろう?
ちょっと頭を使って母山羊の真似をすれば、子山羊などすぐに騙せるだろうに。
子山羊を亡くした母山羊は悲観して出て行ってしまったけれど、また新しい山羊の一家が引っ越して来たようだ。
そのうち、また子山羊を頂きに行くとしよう」
その様子を、一匹のはぐれ狼がそっと物陰から覗いていました。
母山羊は全身に狼の毛皮を被り、すっかり狼にしか見えません。
「ほお、子山羊を腹いっぱいだと? 早速、その家を見に行かなければ」
のっそりと歩き出す狼の後ろ姿を、母山羊は笑顔で見送りました。
それから母山羊は隣村へ、果樹園の下草を食べるパートに急ぎます。
仕事を終えて家に帰る頃、可愛い子山羊たちは金貨一枚とご馳走の材料を手に入れていることでしょう。