記憶の先は
この師匠、どこまで本気なのか分からない。
本当に底の見えない奴である。
何を考えているのか……一番近いと思っている俺でも理解はできなかった。
しかし、師匠の作ってくれる『エルちゃんスペシャル』と銘打っているマンゴー増し増しのこのカクテルは、俺にとって気に入っているものの一つだった。
これは昔から変わっていない。
何時から飲んでいたのか……俺は知らない。
体質もあったと思うが気が付けば、大抵の酒に酔わなくなっていた。
絶対、いつもジュース代わりにこれ作ってたんだろうな、と推測する。
「ほんと、キモい師匠の作るこのカクテルはサイコーだよな」
俺にとってそれは誉め言葉だった。
「何なのよぉー相変わらず可愛げが無いわよねぇ」
そんな言葉が師匠から溜息と共に零れた記憶がある……。
記憶はあるぞ……。
──あれ? その後は??
──ドンドンドンッ!
激しくドアを叩く音がする。
ガバッ! と飛び起きると、俺は一気に現実へ戻ってきた。
俺の家になんて、今まで誰かがやってきたことは無い。
仕事のやり取りは直接することは無いし、俺に友人などは居ない。
唯一リアルで関わっているとすれば……師匠だけである。
しかし、師匠がウチに来る理由も無ければ、今まで一度だって来たことは無い。
一瞬、俺のいつもの警戒心が鎌首をもたげるが……何故かいつもは備わっている警戒心が薄れたかのように導き出した結論は……。
「これは……間違いというやつだ」
そう思うことにした。
いや、こんなところで消し去ったとしてもめんどくさいだけである。
俺の利益にもならない。
俺は居留守を使うことにした。
「すみませーん、今日引っ越してきたんですけどー」
そんな大きな声がアパート中に響き渡る。
俺の住処は敢えて年代物のエモい通り越して、単なる廃屋手前の昭和アパートだ。
玄関=台所。
その奥に一部屋という作りである。
後はトイレとバス。
俺の家のドアを叩くこのデカい声は……本気で響いていた。