第七話 元義妹が俺のことを好きすぎる
『嫌い⋯⋯じゃない、嫌い⋯⋯じゃなくて⋯⋯大好き!」』
古賀の言葉に対して頭が追い付かず、結局昨晩は一睡もできなかった。
その後、古賀は家に逃げるように飛び込んでしまい、ドアの前から何度か声をかけたけど一切反応が無かった。
「嫌われていたわけじゃないなら、まあ良いかな」
「⋯⋯なに一人でニヤニヤしてるの?」
下から変質者を見るような、ジト目で千歳が見上げている。
「おっおう、おはよう⋯⋯ニヤニヤしてたか?」
「してた。道のど真ん中で危ない人みたいだったよ」
してたらしい。
いや、俺だって男なんだから、女の子に好きと言われて嬉しくないはずは無い。
まあきっと家族的な?お兄ちゃん的な?好きだとは思うが、嫌われていたと思っていたので悪い気はしない。
そう自分に言い聞かせることにした。
じゃないと理解が追い付かない。
「何かいいことあった?」
「いや別に無いけど、まあしいて言えば今日はチキン南蛮定食の日だからかな?」
まさか本当のことを言っても千歳はきっと信じないだろうしな。
基本的に昼は食堂で済ませる俺にとって、今日は週に一度の楽しみ、日替わり定食のチキン南蛮の日だった。
「そんなことでニヤニヤしないでよ、怖いよ?」
「怖いとはなんだ、こっちは毎週楽しみにしてるんだ」
軽口を叩きながら通学路を歩き、一緒に教室まで向かう。
「おはよー」
「はよー」
教室に着くと樹と軽い挨拶を済ませて机に座る。
「ん?」
鞄を掛けようとすると、机横のフックに見慣れない巾着袋が下がっているのを発見する。
「なんだこれ?」
中を恐る恐る開けてみると、弁当箱が入っていた。
「どうしたんだ?」
樹が横から覗いてきて、一瞬で悪い笑みを浮かべた。
「例の夕飯の子からか?」
「⋯⋯知らん」
「ここに弁当がかかっているということはこの学校の生徒だよな?」
妙に察しが良い、というか俺もこれが誰からのものなのか理解はできていなかったが、状況的に・・・古賀だろう。
「中身見ないのか?」
「まだ昼じゃない、そして何入ってるかわからない物を食べるとも言ってない」
ガンっ
ドアの方から大きな音がした。
そこには教室の中を見ている古賀の姿があった。
ドアにどこかぶつけたのだろうか、あたふたした様子で、目は遠目で見ても明らかに潤んでいる。
「なんか古賀さん最近よく見るな」
「⋯⋯と思ったけど今日財布忘れて困ってたから仕方ない、食うか」
財布は忘れていない、ばっちり持ってきている。
「どうした?いらないなら俺が食ってやろうか?」
ニヤニヤと樹がこちらを見てくる、多分察しの良い樹は何かしら気付いているだろう。
「うるさい、大丈夫だから気にするな」
俺は鬱陶しい友人を自席に戻るよう促すが、樹は教室の外に消えて行った。
なんだろう、悪い予感がする。
そして教室のドアに再び目を向けるも、そこには古賀の姿は無かった。
昼休み、食堂に行くものはぞろぞろと教室から出ていき、弁当組は教室で弁当箱を広げる。
颯太もいつもは食堂に行っていたが、今日に限っては教室に残っている。
樹もいつもは食堂組だったが今日は空き時間に売店でパンを買ってきてスタンバイ。
にやけ顔でこちらを見てくるので、ため息交じりに弁当箱を開く。
「これは⋯⋯」
俺は身震いした。なぜかというと、中にはチキン南蛮が入っていたからだ。
「おーうまそうじゃん、俺にも一個くれよ」
「ちょっと待て」
俺は冷静に頭の中を整理する。
今日のチキン南蛮定食を楽しみにしているということを千歳と樹意外と話した記憶は無い。
ほぼ毎週食べてはいたが、たまに違う物を食べることもあるので、ある程度リサーチしていない限り、ピンポイントで狙うのは難しいはずだ。
「まあ今日がチキン南蛮定食の日だからメニュー考えるのもめんどくさいし合わせてきただけだよな」
そんな自分を納得させるための独り言をぶつぶつ呟くと、はらりと1枚の綺麗に折りたたまれた紙が落ちた。
「なんだこれ?」
拾い上げて中を開く。
『あなたの好きなチキン南蛮を作ってみました。初めて作ったので味は期待しないでください』
「こええよ!」
驚愕して紙を落としてしまう。そして周囲を見回す。
どこかで見られているのか、俺はいつからその視線にさらされてきたのか。
本当にこの弁当も桜の作ったものなのであれば、一流のスパイか何かかあの子は。
ぐるっと教室を見渡すがそれらしき影は無い。
ほっと胸を撫で下ろして、正直怖いがこの弁当を作ってくれた主はだいたいわかっているので箸を手に取り恐る恐るチキン南蛮に手を伸ばす。
「結局食べるのかよ」
「いいだろ、いただきま⋯⋯す」
いた、めっちゃこっちを見てるドア裏の美少女。
本当に隠れる気があるのかというくらい身を乗り出してこちらを見ている。
正直めちゃくちゃ食べにくい。というか桜はバレていないと思っているのだろうか。
「あむ⋯⋯これは、めちゃくちゃうまいな」
もう昼だというのに時間が経ってもサクサクの衣と、中のチキンがジューシーで非常においしい。
そして上のタルタルソースも手作りなのか、卵の触感が残るざく切り具合がチキンの触感と相まって、ご飯を欲するベストマッチな組み合わせになっている。
「そんなにうまいのか、じゃあ俺も⋯⋯」
「やめておけ」
ここで作ってくれた当事者の前で了承も無く人に分け与えたとなれば悲しむ、いや違う何をされるかわからない。
この弁当は俺が完食するべきだ。そう決意を固めて箸を進める。
経緯はどうあれ、本当においしい。
付け合わせのポテトサラダも塩コショウの加減が完璧で、薄味な仕立てが濃い味のチキン南蛮を中和してくれるため、飽きずに箸が進む。
5分も経たずに俺は弁当を食べきってしまった。
「うまかった、ご馳走様でした!」
できる限り目を合わせないように、でもしっかりと聞こえるように大きな声でごちそうさまをすると、古賀の頬が赤みを帯びる。
でもなんだか不満げな表情をしていて、何事だと不審に思っていると巾着にまだ何か入っていた。
クッキーだ、明らかに手作りの。
これがもし愛する彼女なら喜んで食べるのだが、なんだか複雑な心境だ。
恐らく古賀はこれを食べないと満足しないであろうと思い、手に取って1枚かじる。
バターの風味が口の中に広がり、甘すぎず優しい味わいが口に広がった。
至れり尽くせりだな。
ちらっと教室のドアを見ると、満足したのか小走りに去っていく古賀の姿が見える。
「颯太さんや、なんだか面白いことになってるな」
「お願いだ、何も聞かないでくれ」
古賀の真意がつかめず、ドッと疲れが襲ってきた俺は、からかう気満々の樹を置いて、教室を立ち去った。
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