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第四話 ストーカー現行犯逮捕しました

 あの夕飯を作ったのは古賀なのか?


普段の態度からして疑念は拭えないけれど、今日でハッキリとさせてやる。



「いってきます」


「いってらっしゃい、今日もご飯があるといいな〜。次に帰ってくるのは3週間後だから、また帰ってきたら食べたいなあ・・・」



 能天気なことを言う父は無視して、玄関先へ段ボール箱を置き、その中にタッパーと手紙を添える。



『とても美味しいご飯をありがとう』



 真っ白なコピー用紙に一文。


 本当に相手が古賀なのであれば、この機会に感謝を伝えるのも悪くないだろう。


 結局、遥斗と共に昨晩の夕食として頂いたのだが、どれも本当に美味しくて、やっぱりどこか慣れ親しんだ味がした。


 もし違ったとしても、これで好意的に受け取ってくれたと思って、正体不明の女の子(仮)が名乗り出てくれるかもしれない。


 そんな淡い期待も交えながら、学校まで歩を進める。




「おはようそうちゃん」


「おはよう、良いところにいた」




 学校に着くと、ちょうど下駄箱付近にいた千歳とあいさつを交わす。


 千歳は「良いところ?」と首をかしげているが、千歳の手を引いていつもとは反対側の階段から3階まで上がる。



「そっそうちゃんどうしたの?」


「良い感じに会話を合わせてくれ」



 そして古賀のいる教室前に到着すると、軽く息を吸い込んで大きな声で叫ぶ。



「あー今日もバイトだるいわー」


「どっどうしたのそうちゃん!?」



 千歳は困惑したようにこちらを見上げてくるが、お構いなしに続ける。



「昨日はご飯があったんだけど今日はカップ麺でいいかな」


「⋯⋯そっかー今日はご飯持っていこうか?」



 千歳は棒読みだけど、会話を合わせてくれた。



「いや、今日は良いよ。バイトも遅くなるし申し訳ない」



 ちらっと教室の中を見てみると、古賀がこちらを見ていることは無く、俯き加減に机の上のプリントを眺めていた。



「それにしても昨日のご飯はうまかったなーあれは絶品だった」



 あれ?古賀の横顔がほんのり赤く染まったように見えなくもない。



「うーん、でもタッパーはどうしようか。家の前に置いておいたけど、俺がいない間に回収してくれたりしないかな?」



 さて、これくらいで良いだろう。


 周りの視線も痛いし、これ以上はあからさまに怪しいので、足早にその場を立ち去る。



「そうちゃんさっきのはなに?」


「うーん、秘密だ」


「えー気になるよー」



 訝しげに首を傾げる幼馴染をしり目に、放課後のプランのシュミレーションを繰り返した。




 放課後のホームルームが終わると、千歳に今日は先に帰ると伝えて、足早に学校を後にする。


 俺はバイト先に向かうことも無く、自宅へと一直線に向かった。


 そもそも今日はバイトの予定は無い。


 そして自宅のマンションでは無く、隣のマンションとの間にある薄暗い路地に身を潜める。


 ここからであれば、マンションに入っていく人は全員確認できる。



「刑事みたいだな」



 さながら、刑事か探偵のような張り込みスタイルでじっと待っていると、なんだかわくわくしてきた。



「さて、どう出るかな?」



 無駄にシリアスなセリフを呟くと、気分まで乗ってくる。


 朝伏線は張り終えた。


 あれだけ大きな声でアピールをすれば、俺が今日アルバイトで夜までいないという嘘情報は、きっと聞こえているだろう。


 もしも聞いてすらいないということであれば古賀は恐らくシロだ。


 はた目から見れば、明らかに不審者はこちらであることにも気付かずに、俺は含み笑いを浮かべながら張り込むのであった。




「⋯⋯寒い」



 張り込み開始から2時間、一向に動きは無い。


 もしかしたら古賀ではないのでは?実は、この張り込み中に出入りした人の中に犯人がいたのではないのだろうか。


 そんな考えを延々と繰り返していると、その時は唐突にやってきた。



「あっ」



 そう声が出てしまうのも仕方がないだろう。


 目線の先には私服に着替えた古賀がマンションに向かって歩いて行く姿が見えた。


 そして手には大きなエコバックが握られている。



「焦るな、焦るな俺」



 いま飛び出して行っても確かな証拠はつかめない。


 はやる気持ちを抑えて古賀が出てくるのを待つ。


 まさか本当に古賀が来るとも思っていなかったし、2時間も春風に吹かれていると何をしているんだろうと、冷静になってきた時の出来事だった。


 今か今かとゴーサインを待つ犬のように、駆け出す準備をしていると、中から顔を真っ赤にした古賀が小走りで出てきた。


 その様子は落ち着かず、手には変わらずエコバックが握られているが、タッパーは見え無い。


 袋の中を見ないと古賀がタッパーを回収したかわからないため、自分にゴーサインを出すと、バレないように慎重に後を付ける。



「頼むぞ俺の2時間は無駄で無かったと思わせてくれ」



 少し先に桜の姿が見えるが、できる限りの距離を置いて尾行を始める。


 完全にストーカーかつ、不審者だという自覚は強くある。


 もしも警察に通報でもされたら「かわいい元義妹とまた話したくて!」という、何とも痛いセリフで切り抜けようと腹を括っていた。


 それが周囲に知れると社会的に終わるということも込みでの作戦だ。


 その時、少し早歩きで歩いていた古賀が、最寄りの公園に入るところが見えた。


 開放的な空間なので、入口から入ると完全にばれてしまう。


 だから俺は裏手から回り込んで遊具の陰から公園の中を観察する。


 するとベンチの背にもたれかかって紙を眺めて呟いている古賀がいた。


 距離にして20メートル程。


 慎重に古賀の真後ろから距離を詰めた。


 15メートル、10メートル、5メートルまで近づいたところで。



「⋯⋯颯太くん」


 そう呟いたかと思うと、なんと紙に頬擦りを始める美少女を目撃してしまい、体が一瞬固まる。


「はああ無理、颯太くんかわいい。しっかり完食してくれたし、食べてる姿を想像するだけでっ⋯⋯無理っ」


 うん、これは他人のそら似ってやつだろう。


 もしかして双子かな?きっとそういうことだ。



「今日はあんまり顔を見れなかったからな、コンビニまで行っちゃおうかな?」



 ふふふ、と笑みを浮かべながら紙に頬擦りしている姿は、普通であれば変質者だが古賀がしていると絵になっているのが不思議だ。


 いや、惑わされるな俺。


 声をかけるべきか迷い、この場で会話をすると非常にややこしいことになると思った俺は逃げるように身を翻す。



 パキッ



 あー、運悪く足元の枝を踏み抜いてしまった。


「⋯⋯えっ」


 物凄い勢いで振り返った古賀と目が合う。


 その目は見開かれ、耳まで真っ赤になった顔は、古賀の羞恥を言葉の代わりに鮮明に伝えてきた。



「あーこんにちは」


「⋯⋯なっ」



 何か言おうとしたが言葉が出てこないと言った感じで口をパクパクとさせている。



「やっぱりその飯は古賀が作ってくれたものだったんだな⋯⋯ありがとう」




 声をかけた後の展開を考えていなかった。


 とりあえず感謝の言葉を口にするも、暫しの沈黙がその場に広がる。



「そっそれじゃあ!」



 情けないが次の言葉が何も浮かばなかった俺は、逃げるように立ち去ろうとする。


 そうして俯いて何も言わない古賀を見ると、様子がおかしいことに気付く。


 肩も小刻みに震えている。



「⋯⋯ひぐ」


「ん?」


「うう⋯⋯ぅぅぅ」



 その時、なんと古賀は嗚咽交じりに涙を流していた。



「ひぐっ、ぞうだぐんに聞かれちゃった、ぎもちわるいよねこんなおんなのこっ⋯⋯ううう」



 困惑して何も言えずにいると、語りかけてきているのか、古賀の独り言なのかわからない呟きが聞こえる。



「おい、大丈夫か?」


「ひっ」



 さすがに放っておくこともできないので、手を伸ばすと明らかに避けられた。



「なあ、一旦落ち着かないか?」



 涙に濡れた目でこちらを見つめてくるので、まずはこの状況を整理したくて話しかける。


 でもすでに限界だったのか、いきなり立ち上がると、手紙だけ握りしめて一目散に駆け出してしまった。



「おーい、このタッパーどうするんだよ!」



 取り残された俺の声は全速力で消えていった古賀には届かなかった。




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