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第三話 父と息子とストーカー

「あー疲れた」


「春日井くん本当に助かったよ、ありがとう」


「いいんですよ、時給上げてくれたらまたいつでも」



 店長が労いの言葉をかけてくれたので、冗談交じりに返す。



「う、うん考えておくよ」


「冗談ですよ、お疲れ様でした」



 困った顔で返す店長に苦笑しながら店を後にする。



「あー晩飯どうしよう」



 自宅までの道のりでふと千歳の夕飯の差し入れを断ったことを思い出して肩を落とした。


 基本的に自炊はしないので冷蔵庫の中に食材が何も入っていないことは確実だ。


 バイト先のコンビニから自宅までは徒歩で10分もかからない距離なので、そんなことを考えているとマンションの前に着いてしまった。



「潔く飯抜きにするか」



 いまさら夕飯を買いに出ることも面倒なので、今日は食べずに寝ることも覚悟しながらも一階のオートロックを開けてエレベーターを上がる。



「ん?」



 エレベーターを降りて自室のドアを開けようとしたところでドアノブに袋がかかっているのを発見した。


 中にはタッパーが入っており、白米のおにぎりも見える。



「本当に千歳には頭が上がらないな」



 一度断ったにも関わらず、心配して夕飯を持ってきてくれた幼馴染の顔を思い浮かべ思わず笑みが漏れた。


 足早に自室に入ってタッパーを開けると、颯太の好きな煮込みハンバーグと、付け合わせにコーンとほうれん草の炒め物が入っている。


 バターの良い香りが鼻をかすめ、食欲が爆発した。


 空腹に耐えきれず、上着を脱ぎ捨ててそのままの勢いで机にタッパーを広げる。



「いただきます」



 千歳の家の方角に向けて手を合わせると一口目に手を付けた。



「⋯⋯うまい」



 千歳のご飯を食べるのは久々だけど、やっぱり美味しい。


 昔は濃い味中心だったが、肉の味を邪魔しない軽めのソースに、付け合わせの炒めものは薄味でまとめてバターの風味を引き立たせている。


 それにどこか慣れ親しんだ安心感を感じるような味だった。



「しっかりお礼を言わないとな」



 空腹はとっくに限界に達していたから、ものの数分で間食してしまった。


 明日は感謝の言葉も添えて、帰りに甘いものでもごちそうしてあげよう。


 そんなことを考えながら先程の千歳の手料理を思い返して、また笑みが浮かんだ。




「おはよう」


「そうちゃんおはよう」



 次の日登校すると、俺よりも少し早く登校していた千歳に笑顔で挨拶する。



「千歳昨日は本当にありがとう、家になにもなかったから本当に助かった」



 自宅で洗ってきたタッパーを取り出しながら、笑顔で感謝を伝える。



「今日の帰り暇だったらケーキでもごちそうするよ」



 千歳は異常なまでの甘党なので、3個くらいは覚悟しないとな。



「⋯⋯ん?そうちゃんバイト遅くなるから夕飯いらないって言ったじゃん」

「⋯⋯へ?」



 俺に気を遣わせないように、そう言ってくれたのかな?


 あれ?なんで首を傾げてとぼけているんだろう。



「まてまてまて、断ったけど心配になった千歳は何も言わずにドアノブにご飯を掛けて立ち去った。そんな最高の幼馴染ストーリーが恥ずかしくてしらばっくれてるだけだよな?」


「そうちゃん、何を言ってるの大丈夫?昨日はそうちゃんがご飯いらないみたいだから家族でファミレス行ったし」



 手元のタッパーを見下ろして考える。


 そして考えれば考えるほどに昨日の出処不明のご飯を食べてしまったことに、恐怖心がふつふつと湧いてくる。



「えっどうしたのそうちゃんすごい汗だよ!?何があったの!?」



 震える声で千歳に昨晩の出来事を説明する。



「そうちゃん」



 話し終えると千歳が名前を呼びながら突然顔の前に手を差し出す。


 そして、勢い良く喉に指を突っ込んだ。



「はけええええ。はいてよおおおお」



 泣きながら千歳が喉に指を突っ込む。



「誰が作ったかわからないもの、なんで食べたの?死んじゃうよ?早くはいてよおお」


「うご、うごごご」



 必死に抵抗しようとするが声が出ない。



「おっおい何やってるんだよ」



 樹が千歳を何とか引きはがしてくれたおかげで一命は取り留めたが、あと数秒遅ければ幼馴染に喉を潰されていただろう。



「そうちゃんが死んじゃううううえええええん」


「とりあえず落ち着け千歳、今のところ体に異常はないから」



 千歳を何とか落ち着かせながらも事情を説明する。


 クラスメイトの視線が痛い。



「考えられるとすればお前のことが好きな世話焼き女子からのプレゼント?ないな」


「おい、早々に諦めるなよ」



 樹に言われると少々悔しいが、まあ無いなとは思っていた。


 いままで関わってきた女子は千歳以外にはほとんどいない。


 数人言葉を交わす程度の友人はいなくも無いが、わざわざ食事を作って届けてくれるほどの関係性は、絶対に無い。



「まっまあ毒は盛られてないみたいだし、おいしい飯が食べられてよかったじゃないか」


「そういうことでは無いだろ」



 俺の交友関係はある程度把握しているからこそ、樹も考えることを放棄したようだ。



「そうちゃんそんな危ないもの食べたらダメだよ、私が手渡ししたお弁当以外食べちゃダメだからね!」



 心配をしてくれているからか、顔が近い。



「わかったよ、これからは気を付ける。普通に怖いしな」



 ただ、本当に誰なんだろう。


 しばらく待っていても『実はわたし春日井先輩のことが』とか言いながら後輩女子が登場することも無いので、人生に新ヒロインが登場する気配もない。


 ご近所付き合いも全く無いしな。


 その後もモヤモヤとした感情をぬぐい切れないまま過ごすのだった。


 そして、その様子を教室の外から見つめる視線には気付く余地も無かった。


 放課後、今日はアルバイトが無いため千歳と一緒に帰る。



「どうせならうちでご飯食べてく?」


「いや、珍しく父さんが帰ってきているから、二人で出前でも取ろうかと話していたんだ」



 父の遥斗は旅行雑誌のライターという職業柄、家を空けていることが非常に多い。


 地方紙では無く全国の観光名所を年中回って取材し、記事にするという職業は聞こえは良いが、いつも父は締め切りに追われて疲弊していた。


 元義母の香澄とは仕事の付き合いで出会ったらしく、カメラマンをしている香澄も依頼があれば全国どこでも飛び回っているため、二人が家に揃うこと自体が奇跡だった。



「えー残念だなー」


「ごめんな、また今度頼むよ」



 あからさまに拗ねてます私!と、頬を膨らませる幼馴染の頭を撫でながら落ち着かせる。



「またそうやって子ども扱いしないでよ」



 口では嫌そうなそぶりを見せるが一切抵抗しないところを見るとまんざらでもないようだ。


 二人は付き合ってるの?とよく聞かれるけど、俺にとっては妹のような存在だから、いまいち千歳との関係性が変わることにイメージが湧かないんだよな。



「往来のど真ん中でよくやりますね」



 そんな時に後ろから声をかけられる。


 怒気と冷気がが感じられる声色に、俺の背筋が凍り付いた。



「古賀⋯⋯さん?」



 千歳が先に声を上げた先には古賀が立っていた。


 千歳は頭に乗せられていた手から逃げるように一歩下がる。



「公衆の面前でそういった行動は、学校の評判にも関わるので避けた方が良いのでは?」


「それはすまんな。でも、いままで古賀から声をかけてくることなんて無かったのに、どういう風の吹き回しだ?」


「ちょっと、そうちゃん?」



 古賀の高圧的な態度に少々語気を強めて返してしまう。


 そんな二人のやり取りに千歳は困惑してそわそわした様子だ。



「⋯⋯そうちゃんって何なのよ」


「なんだ?」



 何か小声でつぶやいたようだが、こちらを見て淡々と古賀は告げる。



「別に、何をしようと関係ないけど、あなたと私の関係性は皆さんに知れているので、あまり恥ずかしいことをされると私にも迷惑なので気を付けてください」


「お前そういう言い方は⋯⋯」


「それでは」



 古賀は言いたいことだけ言って足早に去って行った。



「怖かったーそうちゃんと古賀さんって家でもそんな感じだったの?」


「そもそも、家で会話すらしなかったな」



 頑張って言い返してみたけど、ちょっとビビってたのは秘密だ。



「あんな美少女と一緒に住んでたら、私なら毎日嬉しくて鼻血垂れ流しだよ?」


「⋯⋯はあ」



 どこぞのバイト先の先輩と同じようなことをつぶやく幼馴染に突っ込む気も起きない。


 なんだか今日はとても疲れた。謎の夕食に一日モヤモヤとした気持ちにされ、帰り際に古賀に罵倒され。



「そうちゃん元気出して。よしよし」


「⋯⋯ありがと」



 小さな体を精一杯伸ばして頭を撫でてくる千歳に少し穏やかな気分になる。


 やっぱり妹なんだよなー千歳は。


 あれ?


 去って行ったはずの古賀が遠目にこちらを見ている。



「またあいつに怒られるから、やめなさい」



 そういって優しい幼馴染の手を優しく頭から離す。


 また怒られたら、次は反抗する勇気は無い。



「むーわかったけど、仲良くするんだよ?」


「まあ無理だろうな」



 そんなやり取りをしていると、千歳の家に着く。



「じゃあねそうちゃん、ご飯欲しい時はちゃんと言うんだよ?」


「俺は犬か。でもありがとう」



 そう言って千歳を見送って、俺も自宅に向かう。


 千歳の家と俺の家は歩いて10分もかからないから、すぐに家に着いた。



「⋯⋯なぜだ」



 いつものようにマンションのエレベーターを上がると俺は茫然と立ち尽くした。


 ドアノブに袋がかかっていたからだ。


 恐る恐る手を伸ばして中身を見ると、今日は1つ増えて3つのタッパーが入っている。



「おいおい勘弁してくれよ⋯⋯」



 そうしているとドアが内から開く。



「颯太おかえり、どうした浮かない顔して」


「うっうん、ただいま父さん」



 中から顔を出したのは父の遥斗。


 離婚を告げられてから会うのは初めてだけど、遥斗からは謝罪の言葉を散々受け取ったので特に気まずさも無い。


 でも、タッパーの主が現れたかと思って、突然開いたドアに一瞬身構えてしまった。



「どうした変な顔して、中に入らないのかい?一緒に出前を選ぼうよ」


「あっああ、何でも良い⋯⋯」



 心境としてはそれどころでは無く、謎のタッパーで頭がいっぱいなんだこっちは。



「今日は桜ちゃんも誘ったんだけど用事があるみたいで断られちゃったよ」


「はあ、来るわけ無いだろあいつが」



 スマートフォンで出前アプリを開きながら能天気に告げる。


 天然でやっているのか、気を遣っているのか、自分の親ながらわからないところが多いんだよな。



「ん?何だいそれは?」


「ああ、これはね」



 俺は遥斗に昨日の出来事を話す。



「それは怖いけど、颯太のことを好きな誰かが心配して届けてくれたとか?やるね~さすがわが子だ。モテモテ遺伝子はしっかり継承されているね」


「いや、悲しいことにそれは無い」



 遥斗は息子の自分から見てもカッコいい。40歳を過ぎて渋みを増し、無精ひげを生やした姿も目鼻立ちのくっきりとした風貌にマッチしている。


 無個性な顔面をしている俺とは似ても似つかない。


 遥斗いわく、俺は母さん似らしい。



「せっかくだしいただこうか。食べ物を粗末にするのは良くないよ?」


「正気か?何が入っているかわからないものを!?」


「でも颯太は別に体調を崩したりしてないだろ?」


「⋯⋯まあ」



 なんでこんなに食べたいんだと不審に思いながら、危険が無いか注意を払いつつタッパーを開けてみる。


 今日のタッパーは3つ。


 1つ目のタッパーにはメンチカツが4つとキャベツの千切りが入っていた。



「わあ、メンチカツだ僕の好物!」



 2つ目のタッパーには間には小エビ入りの焼いた出し巻き卵。



「小エビの入った出し巻き卵好きなんだよねえ、なかなかお店でも食べられないから」



 3つ目のタッパーにはかぼちゃの煮物が入っていた。



「良かったじゃないか颯太、かぼちゃの煮物昔から好きだもんな」


「⋯⋯」



 おかしい。



「どうしたんだい颯太小刻みに震えて」



 遥斗は何事もなかったかのように言っているが、明らかにおかしな点がある。


 1つ目は完全に俺と遥斗の好物を網羅していることだ。


 こんなことSNSにも投稿したことも無いし、遥斗はわからないけど、特定の好物を推測することは非常に難しいだろう。


 2つ目は明らかに1人分の量では無いことだ。


 今日遥斗と一緒にご飯を食べることは、千歳にしか言っていないはず。


 そして千歳とは先ほど別れたばかり。


 遥斗が誰かに言った可能性はあるけど、昨晩の夕飯まで届ける意味がわからない。


 結論。



「警察に届けよう」


「どうして!?」



 早速机に並べて食べようとしていた遥斗は驚きの声を上げる。



「絶対におかしいだろ!俺らの個人情報筒抜けだよ!?」


「こんな好物ばかり幸せじゃないか~」



 この異常な光景に気付かない、遥斗の天然っぷりに頭を抱えながら、もう一度考える。


 他に可能性は無いか?


 俺達の好物を知っていて、今日会うことを把握している人物。


 元義母の香澄さんの可能性も頭をよぎったが、そもそも彼女は一切料理ができない。



『今日は桜ちゃんも誘ったんだけど用事があるみたいで断られちゃったよ』



 あーそうか、一人だけいた。


 ただ、理由が無い。俺のことを毛嫌いしていて会話を交わすこともほとんど無かった元義妹。


 いや、今となっては他人。



「颯太も食べないのかい?おいしいよ?」


 すでに食べ始めている遥斗のことは放置。


 ごちゃごちゃ考えていても仕方ない。


 確かめてみるしかないよな。



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