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最終話 守りたいもの

「颯太くん!起きなさーい!」



 可愛らしい絶叫と共に布団の上から何かが覆いかぶさってくる。



「ううん、もう少しだけ寝かせて」


「えっ今日までそんなこと言うの?幻滅しちゃうよ?離婚だよ?」



 離婚というワードに一瞬で脳が覚醒する。



「はっごめんなさい!」


「もうっ颯太くんが来なかったら、私一人で行っちゃうんだからね?」


「それはご勘弁を……すぐに準備します」



 寝ぼけた頭を左右に振って、ベッドから立ち上がる。


 そして愛する妻を一緒に抱き起こし、おでこにキスをする。



「もうっ……そんなことをしていたら遅れちゃうよ?」


「ごめんな、何だか懐かしい夢を見ていたんだ」



 とてもリアルな夢だった。桜と出会ってから付き合うまでの回顧録のような夢。



「どんな夢?」


「桜と出会った時の夢かな」


「奇遇だね、私も颯太くんと出会った時の夢を見たよ」



 そう言って二人で笑い合う。



「今日は幸せな一日になると良いね」


「絶対になるさ」



 窓からは夏の日差しが漏れていて、聞こえてくる雀の鳴き声は二人の門出を祝福しているように思えた。






「それにしても思い切ったことしたな」


「……うるさいな」


「ほんとだよねー大学卒業して半年で入籍して、一年後には結婚式挙げちゃうとは思わなかったよ」



 式場では俺を囲む千歳と樹がニヤニヤとした顔でこちらを見ている。



「昔に比べて古賀ちゃん愛想良くなったからな。大学でモテまくってたみたいだし、独占欲強すぎる男は結婚という方法で縛ろうとするんだねえ」


「そうちゃんがこんなにも夢中になっちゃうなんて、幼馴染的には嬉しいような寂しいような……」


「お前ら勝手なこと言うな!あまり先延ばしにするのもタイミング見失いそうだったから……別に独占欲なんてものでは無い!」


「ほうほう、タイミングねえ。古賀ちゃんと付き合ってから猛烈に勉強し始めて俺らを置いて行っちまうし、一流企業に入社したと思えば断トツ一位の成績で表彰までされちゃって」


「あれあれ?そうちゃんはたしか表彰式の夜にプロポーズをしたんだよね?あまりにも計画的過ぎやしませんかね?」


「それは……あいつに苦労かけたくなかったし、ちょっとは見合う男になりたかったと言うか……」


「愛の力ですな」


「桜は愛されてるなあ」



 そう言ってより深い笑みを浮かべる友人二人にジト目を向ける。



「はあ、俺は桜のところに行くからまた後でな」



 俺は二人の親友に別れを告げて別室で準備をする桜の元へ向かった。


 きっと綺麗なんだろうな。あまり驚き過ぎると後で揶揄われそうだから、何度も頭の中で桜のウェディングドレス姿を想像する。


 高鳴る心臓を落ち着かせながら、桜のいる部屋のドアに手をかけた。



「桜、入るぞ」


「……はい」



 ドアを開けた瞬間、息を飲んだ。


 桜のウェディングドレス姿は式の前にも一度だけ見ている。でも目の前の桜は形容し難いほどに綺麗で、言葉が出なかった。



「……颯太くん?」



 心配そうにこちらを見ている。



「あの、似合ってない?」



 何か言わないと。でも何と表現したら良いかわからない。


 真っ白なドレスは、その境目がわからないほどに桜の白い肌と溶け合っていて、施された化粧はいつも以上に女性らしさを強調している。


 そのあまりの美しさに絶句した。


 そして言葉とは違う形で、感情が漏れ出る。



「あの……颯太く……ん、えええええ!?」



 桜が驚きの表情でこちらを見ている。何事かと思ったが、その理由は横から現れた香澄さんによって、ようやく理解した。



「あらあら、結婚式前に泣いちゃって」



 目元にハンカチを当ててくれる香澄さん。その横には遥斗も立っている。



「あのっ香澄さん……すみません。何で泣いてるんだろう」


「颯太くん?香澄さんじゃないでしょ?」


「はい……お義母さん」


「よろしい!」



 そう言って胸を張る香澄さんは慈愛に満ちた目でこちらを見る。



「桜、綺麗ね」


「……はい」


「颯太くん、本当に今までありがとう。改めて桜をよろしくね」


「はい、任せてください」



 時間はかかってしまったけれども、香澄さんとの約束を形にして伝えることができた気がした。


 それは香澄さんも一緒だったようで、お互いにそれ以上言葉を交わすことも無く笑う。



「颯太くん……私には何か無いの?」



 香澄さんの横から桜がこちらを見ている。



「本当に……綺麗だよ」


「ありがとう……颯太くんも格好いいよ」


「……ありがとう。それと、こんな俺と今まで一緒にいてくれて本当にありがとう」


「ううん、違うよ颯太くん。そこはこれからもよろしくでしょ?」


「ああ、そうだな」

 


 そんなやり取りにやはり自然と笑みが漏れる。


 そんな二人を見る両親も笑みの中に涙を滲ませながらこちらを見ている。 


 その光景は誰が見ても違和感の無い家族の形で、紆余曲折はあったけれども、こうして一つの結末を迎えたことに誰もが幸せな笑顔を浮かべていた。






 俺はバージンロードを一人で進んでいた。


 一歩ずつ胸を張って、緊張を極力表情に出さないように進む。


 壇上に上がってまず初めに見えたのは、すでに涙を流している幼馴染の姿とそれを呆れた顔でなだめる親友の姿。


 その次に亡き母の写真を抱えて、こちらを笑顔で見ている父。


 その奥には桜の父、義輝の姿も見える。


 皆幸せそうな表情を浮かべてこちらを見ている。


 そして式の始まりを告げる讃美歌が響いて、入り口のドアが音を立てて開いた。


 その瞬間、皆がその美しさに息を飲む。


 ステンドグラスから漏れる光を浴びて白く輝き、それはまるで絵画のような美しい光景だった。


 桜は横を歩く香澄さんと歩調を合わせ、一歩ずつ近付いてくる。


 先ほどまでは平静を装っていたはずなのに、心臓が暴れ、揃えた指先は小刻みに震える。


 参列者と一緒に、その光景を固唾をのんで見守った。



「颯太くん、お願いね」


「はい」

 


 香澄さんからの言葉に応えて、桜の手を取って並ぶ。


 参列者の方に向き直ると讃美歌が流れ、聖歌隊に続いて全員が歌う。


 ひときわ大きな声が聞こえたかと思えば、案の定千歳が涙をぼろぼろと流しながら讃美歌を熱唱していた。



「千歳ったら……」



 横ではそんな様子を見て桜がヴェールの奥で苦笑している。


 桜と幼馴染の微笑ましい光景に自然と笑みがこぼれる。


 昔は俺にベッタリだった千歳も、結婚の報告をしたら「そうちゃんに桜を取られた!」なんて言うくらいには深い関係性になっているものだから、女の子というものは本当に不思議だな。


 感傷に浸っている内に讃美歌の歌唱が終わり、牧師が聖書の一節を朗読した後にこちらに向き直った。


 牧師の口が開くと、桜に対して生涯の愛を誓えるかと問いかけてくる。


 

「はい、誓います」



 俺の誓いが、静まり返った協会内に響き渡る。


 そして今度は、桜へと問いかける声が聞こえてくる。



「誓います」



 二人の誓いを聞いた牧師は満足そうに頷き、指輪の交換を求めた。


 俺は桜の手を取り、受け取った指輪を細い指へと通す。


 色々な思いが込み上げてきて、伝えたいことがあるのに声を発することができないのがもどかしい。


 それは桜も同じのようで、こちらに何か言いたげな視線をヴェールの奥から向けている。


 

「では、誓いのキスを」



 指輪の交換が終わると同時に牧師が最後の宣言を口にした。


 緊張で震える手を必死に抑えてヴェールを上げると、そこには頬を赤く染めて潤んだ瞳を向ける桜の顔があった。


 ゆっくりと顔を近付けて、互いに首を傾け、唇を重ねる。


 たった数秒の出来事であるはずなのに、その瞬間だけは時間が止まっているような錯覚を覚えた。


 顔を離して桜の方を見ると、照れくさそうに笑い、俺もそれにつられて笑う。


 ああ、この笑顔を守りたい。


 それはかつて、一生大切にすると誓ったもの。


 そして今日この日、再び大勢の前で誓いを立てたもの。


 だから俺は絶対に守り抜かねばならない。何があっても、彼女がずっと笑顔でいられるように。


 決意を込めて桜に笑顔を向けると、桜が小声で語りかけてくる。



「颯太くんが笑顔でいられるように、私が一生大切にするからね」



 突然そんなことを言った桜は、今まで見たどんな笑顔よりも無邪気に、そして美しく笑っていた。

最終話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


初めて書いたラブコメ作品は今日を持って完結となりますが、とても良い経験をさせていただきました。


率直な評価を頂けると次回作の励みになりますので、ぜひとも忌憚のないご意見をお待ちしております!


重ねて、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結お疲れさまでした。 楽しく読ませていただいていました。 内心殺していい友達として振る舞っていた幼なじみちゃんにも、いつか幸せがもたらされますよう。
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