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第三十五話 一生

 二人で店を出た時には日も沈みかけていて、デートの終わりを予感させた。



「そろそろ帰るか」


「そうですね」



 桜は残念そうに肩を落とす。



「今度はもう少し遠出してみたいな」


「……元気出ました!」



 先ほどまでの落ち込みんだ様子は消えていて、満面の笑みを浮かべてこちらを見てくる。


 笑顔を返しながら、優しく手を握る。


 これからもずっと、こんな日が続くのだろう。


 

「桜、好きだよ」



 そんな言葉が口から漏れ出てしまったのもしょうがないだろう。



「どどどどどうしたんですか!?」



 慌てふためく桜に苦笑しつつも、桜の手を引く。


 後ろから「私は大好きですけどね」なんて声が聞こえてきたのは知らんぷりして、紅潮した顔を見られないように先を歩く。



「颯太くん、耳真っ赤ですよ?」


「……うるさいな」


「自分で言って照れちゃったんですか?颯太くん可愛い……」



 桜はここぞとばかりに煽ってくる。



「あーもう!先に行くからな!」



 反撃をしてもボロを出してしまいそうだったので、手を放して小走り気味にその場を後にした。



「あっ颯太くん酷い!」



 はぐれない程度に距離を離して驚かせてやろう。やられっぱなしは情けないからな。


 角を曲がったところで追いかけてくるであろう桜を待つ。


 ただ、近寄ってくる足音も聞こえず、姿を見せることは無い。



「えっと、もしかして怒らせちゃった?」



 不安になった俺は曲がり角から頭だけ出して様子を見る。


 すると少し離れたところに桜はいた。


 ただ、様子がおかしく、何やら男性に呼び止められている。


 桜の顔には困惑の色が浮かんでいて、俺は湧き上がってくる危機感に従って全力で駆けた。



「桜!」



 名前を呼ぶと同時に男性も振り返る。白髪交じりの髪を後ろに流し、年齢は四十を過ぎているであろうことは顔に刻まれた皺が物語っている。


 ただ、なぜか男性の顔に強い既視感を覚えた。


 そして桜の手を強く引いて背に隠す。



「あの!桜のお知り合いでしょうか?」


「ああ、知り合いというか……君は桜とどういう関係なんだい?」



 桜を呼び捨てにする男性に違和感を感じたが、それよりも背中に感じる存在に自分を奮い立たせる。



「春日井と言います。桜さんとはお付き合いをしています。あの、あなたはどういった関係の方なんでしょうか?」



 あくまで冷静に、気持ちの高ぶりを相手に悟られることの無いように話す。



「そうか……桜も、もうそんな歳になったのか。驚かせてしまって申し訳無い。私は葛西義輝、桜の父です」



 それを聞いた瞬間、視界が霞んだと同時に、血が沸騰したように体の底から熱が込み上げてきた。


 この男が桜の父。桜が男性不信に陥った元凶であり心無い言葉を実の娘に浴びせた張本人。


 

「離婚をしてから一度も会う機会が無かったから、まさかと思って声をかけてしまったんだ……大きくなったな」



 義輝は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


 先ほど感じた既視感の正体は、どことなく桜に似ているからだ。特に切れ長な目元は瓜二つと言っても良い。



「それで?もう用は無いですよね?」



 冷静になろうと意識をしても、声に怒気が混じってしまう。



「君には大変申し訳無いのだが、家族の話なんだ。桜にどうしても伝えたいことがあって、少しだけ二人にしてもらって良いかな」


「ご事情は桜から聞いています。あなたが桜に何をしたかも全て。ですのでこれ以上桜とあなたを二人にしておくことはできません」



 桜のことをまだ家族と言う男に嫌悪感が込み上げる。自分がしたことの重みを理解していればそう安々と家族だなんて言葉を口にできないはずだ。


 桜は誰もいない家で一人で父親に裏切られた悲しみと戦い続けたんだぞ。何もかもお前のせいだ。



「少しだけで良い、頼むからここは引いてくれないかな」



 義輝は俺の後ろまで手を伸ばして桜の腕を掴もうとする。



「……いい加減にしろよ」


 

 俺は伸ばした手を払いのける。


 プツリと何かが切れる音がした。


 確かに家族の問題に口を出して良い立場では無い。だから、あくまで冷静に波風を立てずにやり過ごしたかった。


 桜のことを家族と呼ぶのであれば、桜に触れたいのであれば、頭を地面にこすりつけて許しを請え。


 爪が食い込む程に握りしめた手を伸ばしかけたその時。



「颯太くん!」



 桜の叫ぶ声が聞こえた。



「颯太くんありがとう。大丈夫です」



 振り返ると桜は不器用な笑みを浮かべていた。



「お父さん久しぶり、元気だった?」


「ああ、桜も元気だったか?」


「うーん、そんなに元気じゃなかったかな。お父さんのせいでね?」



 声に緊張は無くて、からかっているような様子すら感じ取れる。



「本当に……申し訳無かったと思ってる。何を言っても言い訳でしか無いが、あの時の俺は正常な考えができなくなっていた」


「お父さん……私は絶対に許さないよ?」



 平坦な桜の口調に、絶句した様子で顔だけを上げてこちらを見る。



「でもね、ちょっとは私も成長してわかったことがあるんだ。お父さんも寂しかったんだよね?お母さんは昔から家にいないことが多かったし」



 桜は大きく息を吸い込む。



「私も寂しかったんだよ?でもお父さんがいつも一緒にいてくれたから寂しくなかった。それなのにお父さんだけ逃げ道を作って、本当に恨んでた」



 桜の目から大粒の涙がとめどなく流れる。



「大嫌い。本当に顔も見たくなかった」


「……本当に申し訳無い」



 絞り出すような声が聞こえる。



「でもねお父さん、私大好きな人ができたの。その人は私が落ち込んでいても、どんなに過去を引きずってうじうじしていても、いつも優しい声をかけてくれて、半年間一緒に住んでいても私に指一本触れないくらい奥手で純粋で……私はその人のおかげで、もう一度人を信じられるようになったの」


「半年間……君はもしかして香澄の再婚相手の……」


「お父さん知ってたの?」


「ああ、去年香澄から連絡が来てな。最後にざまーみろと言って切られてしまったけれども」


「あはは、お母さんらしいね」


「そうだな」


「じゃあお父さん、最後に目を瞑ってもらっても良い?」


「どうしてだ?」


「良いから、早くして!」



 義輝は少し困惑しながらも目を瞑る。


 そして桜はその頬に強烈なビンタを放った。


 予想外のことに目をパチパチとさせながらこちらを見ている。



「これで私は親に手を挙げた悪い子です。でも許してね?これでお相子だから」



 桜は吹っ切れたように笑う。



「でも私はまだ許してあげないよ。それくらいのことをお父さんはしたんだからね」


「あっああ……」


「まあ、お父さんが本当に反省しているようであれば……結婚式には呼んであげても良いかな」


「けっ結婚って……」



 黙っていた俺の口から動揺の声が漏れる。



「あれー颯太くん?誰も私は颯太くんとの結婚式だなんて言っていないよ?」



 からかうように今度は俺を見てくる。



「……本当にありがとう春日井君。こんな事を言えた義理では無いが、桜をよろしく頼む」



 義輝は深々と頭を下げる。



「何があっても傍にいると彼女に誓ったので、安心してください。絶対に幸せにします」



 俺がそう言うと、義輝は安心したように笑った。



「桜、これからはたまに会いに行っても良いかな」


「うーん、私の予定が奇跡的に空いていて、気が向いたら会ってあげても良いよ」



 その言葉を聞くと「わかったよ」とだけ残して、背を向けた。


 遠ざかる背中を見る桜の顔は笑っていたけれど、頬に残る涙の筋が俺の心に深く刻み込まれる。



「……本当に強くなったな」


「何がですか?」


「いや、何でもないよ。行こうか」



 桜の手をかつてないほどに強く握って再び歩き出す。


 

「颯太くん、ちょっと痛いです」


「ああ、ごめん」


「でも、今日はこのくらいがちょうど良いかもしれません」


「じゃあこのままで」


「それにしても颯太くんはかっこいいですね。お父さんにまであんなに堂々と宣言してしまうなんて」



 その言葉で先ほどの俺の言葉を思い返す。



「あれは何というか……」


「えっいまさら誤魔化そうとしてます?それはさすがに幻滅しちゃいますよ?」



 なんだか今日の桜は俺を煽るような発言が多いな。



「誤魔化さないよ。俺が桜を幸せにする。これから一生、絶対にな」


「私きっと、颯太くんにいっぱい甘えちゃいますよ?」


「いいよ」


「ベッドは一緒だし、お風呂も一緒ですよ?」


「……いいよ」


「子供は最低二人欲しいです」


「…………いいよ」


「エッチなことはまだ心の準備が必要ですけど、将来的には最低でも週に……」


「ちょっと落ち着け」



 また暴走気味な桜の言葉を遮る。


 そして桜の顔を覗き込むと自然に笑みが浮かんできて、二人で顔を合わせて笑い合った。


 きっと高校生で一生なんてセリフ、普通は恋に浮かれた男の妄言ぐらいでしか聞かないだろう。


 でも俺は、この子を一生大切にする。


 そんなことを心の内で決意するくらいは許して欲しい。

読んでいただきありがとうございます!次が最終話です……!

ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございます。



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