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第三十二話 フラグ回収が早すぎる

 五月も中旬になると、照らす日差しが春の終わりと訪れる夏の気配を感じさせ、かすかに汗が滲む。


 ただ、そんな中でも遠目に見える彼女は暑さを微塵も感じさせないような明るい笑顔でこちらに手を振り、小走りで駆け寄ってくる。



「おはようございます!颯太くん!」


「おはよう、待ったよね?」


「いいえ、今来たところですよ?」


「本当に?」



 今までの傾向から察するに、数時間前から待機していただろうと思い、聞き返した。



「ほっ本当です!颯太くんは……かっ彼氏なので、絶対に来てくれるから……今日は本当にさっき来ました」


「俺がドタキャンするような奴だと思ってたの?」


「違います!楽しみで早起きしちゃったというのもありますけど、万が一来なかったらどうしようって思ったら……」


「あはは、冗談だよ」



 桜の焦った姿に苦笑する。



「むー颯太くん意地悪です」


「ごめんごめん、行こうか」


「……はい」



 桜の手を取って歩き出す。


 涼し気な印象を与える白のロングシャツをなびかせて、ショートパンツから見える足を軽快に運び、横に並ぶ。


 

「今日はどこに連れていってくれるんですか?」


「色々と迷ったんだけど、今日は今年できたばかりの水族館に行こうと思ったんだけど、どうかな?」


「良いですね!デートっぽいです!」


「桜はそう言ってくれると思った」



 桜は意外とベタなものが好きなのは察していたけど、目をキラキラさせて「早く行きましょう!」と手を引いている姿を見ると、選択は間違っていなかったらしい。



「颯太くん早く行きましょう!」


「そんなに急がなくても魚たちは逃げないから」



 グイグイと手を引きながら足早に水族館方面に歩き出す桜に苦笑を漏らす。


 

「……子供を見るような目で見ないでください」


「いやー微笑ましいなって」


「……絶対に馬鹿にしてますよね?」


「そんなところも可愛いと思うよ」


「うぐっ」



 桜は胸を押さえてうずくまる。


 どうしたことかと視線を向けていると、ジト目で見上げてくる。



「颯太くんってたまに恥ずかしいセリフを真顔で顔で言ってきますよね」


「そうか?」


「ド天然じゃないですか!ちょっと胸が苦しいので放っておいてください!」



 桜に天然と言われるのは腑に落ちないが、思い当たる節が無いこともないので、気を付けよう。俺までバカップル脳になっては目も当てられん。



「さて、気を取り直して水族館に行きましょう!」



 持ち直して意気揚々と歩き出す。それに付いていくような形になってしまっているが、桜が楽し気なので良しとしよう。






「わあー!颯太くん見てください!ラッコです!かわいいです!」


「うん、かわいいな」



 桜は水族館に到着すると、目に入るもの全てに対して「かわいいです!」と目を輝かせている。


 返事が単調になってしまうが、正直学校ではクールビューティーと表現される容姿の桜がはしゃいでいる姿のギャップが可愛くて、水槽に目が行かない。



「颯太くん……楽しいですか?」


「ん?もちろん楽しいぞ?」


「なんだか私ばっかり楽しんでいるような気がして……」



 桜は心配そうにこちらを見上げている。



「いや、正直ラッコとかよりもはしゃいでる桜の方が可愛いなって」


「あふっ」



 またも変な声を上げて崩れ落ちる。



「えっ本当に颯太くんですか?別人じゃないですよね?私の知っている颯太くんは恥ずかしいことは言いますけど、こんなに素直な子じゃないはずです。付き合ってから変わりすぎじゃないですか!?」


「いやーいざ付き合うとなったら、無意識に心の声が漏れ出してしまうんだよな」


「えっじゃあ、今までも心の中で私のこと可愛いなって思ってくれていたんですか?」



 反撃の時来たりと、意地悪な笑みを浮かべながらこちらを見上げてくる。



「ん?当たり前だろ。正直こんなに可愛い子と付き合ってるなんていまだに信じられないよ」


「ぬっ!?」


「でも桜の容姿よりも俺が好きなのは、ちょっと抜けてるけど素直で真っ直ぐな桜の内面なんだけどな」


「はぐううう……もうっ……わかりましたっ……からっ」



 桜は息も絶え絶えと言った様子で俯いてしまった。



「颯太くんと付き合っていると、私心臓が持たないかもしれません」


「大袈裟だなあ」



 何だか辛そうにしている桜の手を引く。



「ほら、イルカショーが始まるぞ」


「ううう、行きます」



 桜は渋々と言った様子でついてくるが、小声で「……颯太くんの無自覚鈍感主人公」とブツブツと呟いている。失礼な。



「ほら、席も余裕ありそうだし後ろの方で見るか」


「前で見ないんですか?」


「前の方だと水しぶきで濡れるかもしれないだろ?」


「私は気にしません!イルカさんを近くで見たいです!」


「……悪いこと考えて無いよな?」


「ん?何のことですか?」



 首を傾げて怪訝そうな視線をこちらに向ける。


 雨がっぱを買っておこう。桜のことだから絶対にびしょ濡れになって服が透けてしまうというテンプレイベントが発生する。


 

「ちょっと雨がっぱ買ってくるから待ってもらっても良いか?」


「じゃあ席取っておきますね!ありがとうございます」



 そう言って足早に売店へと向かう。


 

「あっこれこれ」



 幸い二人分購入することができた。そして席まで戻ろうとした時。



「きゃあああ」



 女性の悲鳴が聞こえたが、聞き覚えのある声に悪寒が走る。


 これは桜の声だ。



「っ……桜!」



 わき目も振らずに駆け出して、桜のいる最前列まで向かう。


 視界の先には呆然とした様子で座り込む桜がいた。



「桜!大丈夫…か?」



 後ろから抱き起すように手を回すと、服が湿っているのが目に入る。


 そして体の前の部分は完全に濡れてしまっていて……



「おまっ……なんでもう濡れてるんだよ」


「あの、開演前の挨拶に来てくれたイルカさんが突然ジャンプしまして……」



 まさかこんなタイミングでフラグを回収してくるとは思わなかった。


 下着までは見えずとも、鎖骨から胸の上部にかけてのラインにシャツがピッタリと張り付いて、滴る水滴が鎖骨を伝って流れ落ちる様が開いた胸元から見える。


 水滴が反射して白い素肌を一際輝かせて見せて、あまりに艶やかで美しい彼女の様相に目を離せなくなってしまった。


 触れてみたい。そう思ってしまうのも仕方のないことだろう。



「……颯太くん見過ぎです」



 ふと桜を見ると、恥ずかしそうに体を抱いて潤んだ目でこちらを見つめている。



「ああ、ごめん。綺麗だなって見とれてた。これ、風邪ひくから着てて」



 こちらを見る桜の視線から目を背けて、着ていたジャケットを桜の肩にかける。



「綺麗って……エッチな目をしてました」


「そっそんなことは断じてないぞ!」


「それもそれで複雑ですけど……」


「……ちょっとタオル借りられないか聞いてくるからここで待ってて」



 再び桜を残して身を翻す。


 以前見た桜の体よりも、彼女となった桜の体はより一層魅力的に見えてしまい、触れても良い関係なんだよなと邪な感情を抱いてしまった自分を戒めながら駆ける。


 高鳴った心臓の鼓動は収まる気配が無くて、背後に立っているであろう桜の姿が何度もフラッシュバックしてしまうのであった。

読んでいただきありがとうございます!あと少しで完結です!


よろしければブックマークと、★から★★★★★で率直な評価をいただけると、嬉しいです!!

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