第三十一話 笑顔
いつもよりも少し早い登校時間に通学路を歩いていると、学生の姿はまばらだが、すれ違う生徒は皆こちらを見て驚嘆していた。
「おい、さすがに離れてくれないか」
「いいじゃないですか!颯太くんは私のものなんだって周囲にアピールしているんです!」
自宅を出た時、いや出る前から俺の右腕を完全にホールドして離さずに、ピッタリと横を歩いていた。
「いや、さすがに視線がきつい」
「颯太くんと恋人同士になれたら、一緒に登校したかったんです。ダメですか?」
「駄目では無いけど、こんなにくっつく必要は無い気が……」
「必要?あるに決まってるじゃないですか?」
「なんでだ?」
「私がくっつきたいからです!」
自信満々に胸を張る。どうしよう、めちゃくちゃ可愛い。誰かこの子を止めてくれ、俺には無理だ。
「そっそれなら……しょうがないな」
「やったあ!颯太くん大好きです!」
ああ、周囲の視線がさらに強くなる・
羞恥心と愛情を天秤にかけて、愛情を取ってしまった結果テンプレ的なバカップルが誕生してしまった。
「さすがに学校に入ったら離れような?」
「えー何でですか?」
「また帰りな?」
「一緒に帰ってくれるんですか?絶対ですからね?」
拗ねたと思ったらすぐに笑顔になって見上げてくる。
「何で笑っているんですか?」
「桜は今日も可愛いなーって思ってさ」
「それは……ありがとうございます」
そう言って俯いてしまった頭を撫でる。
恋の熱に浮かされている自覚はあったけど、今日くらいは大目に見てくれ。
馬鹿みたいに幸せを噛み締める時間が多少あっても良いだろう。
「おうおう、朝から熱々で登校して周囲を恥ずかしさで悶えさせた、颯太くんじゃないですか」
「……何のことだ」
教室に入ってきた樹がニヤニヤした顔で話しかけてきたと思えば、早速弄ってくる。
「しらばっくれても無駄なんだな。ほれ見てみ?」
「なっ!?」
スマートフォンには俺と桜が仲睦まじい様子で歩く写真。
比較的近い距離で撮影されていたものに、驚きと羞恥で顔が赤くなる。
「お前らさー仲良いことは良いけど、ちょっとは周りに気を付けろよ?この写真結構回ってるっぽいぞ?」
「……気を付けます」
「それで?ついに古賀ちゃんと付き合ったのか?」
「まあ、そういうことになるな」
「ふーん、やっとかよ」
彼女が出来ただなんて自分でも実感が無いものだから、人に話すのは何だか気恥ずかしい。
「噂をすれば、こっち見てるぞ?」
樹の視線を追うと、ドアの陰に隠れてこちらを見ている桜がいた。
「はあ、なんか前にもこんなことあったな……」
「愛されてますなあ」
そんな感嘆とも弄りとも取れる樹の言葉を背にして、教室前の桜に声をかける。
「……おい」
「颯太くん……寂しかったです……」
「えっどゆこと?さっきまで一緒にいたよね?」
「まったく……颯太くんは女心がわかっていませんね」
ため息交じりに言うけど、えっ俺がズレてるの?
「放課後まで会えないとなると、颯太くん成分が枯渇してしまうのでお昼も会いに来て良いですか?」
しれっと手に抱き着きながら言う。再び感じる柔らかな感触と、甘い香りに脳が痺れる。
ちょっと、誰かお願いだからこの子の暴走を止めて。
「むはー!教室前でイチャつくなああああ」
救世主もとい千歳さんが俺たちの間に突っ込んできた。
「あら、雨宮さんおはようございます」
口調は柔らかいけども、視線は氷のように冷たい。
「あっ弱虫逃げ虫さんおはよう!」
千歳の火に油を注ぐ発言に、周囲の温度が急上昇する。
前から桜は千歳に対して当たりが強いし、なんでこいつらはこんなに仲が悪いんだ?
「弱虫じゃないもん!それより逃げ虫って何ですか!?そんな虫聞いたことありませんよ!」
「逃げ虫、別名古賀桜とも言うね」
「むうううう!もう許しません!こっち来てください!決闘を申し込みます!」
「おいおい、お前ら仲良くしろよ……」
「「嫌です!」」
綺麗に声が揃う。
仲が良いのか悪いのか……
「それじゃあ!またお昼に来ますね!」
「来なくて良いから!そうちゃんは私とお昼食べるんだから!」
千歳の言葉にべー!っと桜は舌を出して去る。
いやいや、子供かよ。クールビューティーはどこに行った。
「ふふふ」
「どっ……どうした?」
なんだか千歳が肩を揺らして笑っている。
怒りのあまり笑えて来たってやつか?怖いよ。
「いや、あの様子だと上手くいったんだなって。冷たい感じの古賀ちゃんよりも、今の感じの方が可愛いじゃん」
「ああ、そうだな。かわいいと思う」
「すーぐに惚気るんだね。昔のかわいかったそうちゃんはどこに行ってしまったのやら」
「今のは誘導尋問だろ!」
白々しく悲し気な顔を浮かべる千歳にツッコむと、笑顔で返してくる。
「でも、古賀ちゃんばっかりじゃなくて私にも構ってよ?」
「当たり前だろ。千歳は大切な幼馴染だからな」
「わかってんじゃん!よろしい!」
そう言い残して、俺に背を向け上機嫌に教室に消えて行った。
ちなみに同じようなやり取りが昼休みにも繰り広げられて、幼馴染と彼女が仲良くできないテンプレ的な展開に、頭を抱えるしかなかった。
「なあ、桜は千歳のことが嫌いなのか?」
「別に……嫌いというわけでは無いんですけど、昨日の今日で私が悪いということはわかっていて、それでも何だか血が騒ぐんです」
放課後に二人で帰っている時に千歳とのことを聞いてみると、どこぞの狂戦士のようなことを言い始めた。
「千歳は良い奴だからさ、桜にも仲良くしてもらえたら嬉しいな」
「うっ……善処します」
苦い顔をして了承する桜に苦笑を返しつつ、明るい話題を探す。
「ああ、そういえば付き合ったらしたいことあるって言ってたよな?」
「うーんそうですね。いっぱいあったんですけど、いざ関係が変わると……幸せ過ぎて全部忘れちゃいました」
「……なんだよそれ」
やばい、あまりの可愛さに言葉を失った。
「うーん、でも今はおうちに帰って颯太くんにいっぱいくっつきたいです」
「いや、それは勘弁してもらっても良いでしょうか?」
「えー何でですか?」
「お前は無防備過ぎるんだって、色々と我慢できなくなるからやめてくれ」
桜はニヤリと小悪魔じみた笑みを浮かべて、背伸びをしながら耳元に口を寄せてくる。
「私はいつでも良いですよ?」
耳にかかる吐息に背筋に電気が走る。
驚きで飛びのくと、桜も恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「……恥ずかしいならやるなよ」
「……ううう」
お互いに顔を真っ赤にして道に佇んでいると、通行人が何事かとこちらをチラチラと見る。
「……帰るか」
「……はい」
そっと、当たり前のように桜の手を掴んで引いた。
「そうだ、今週末どこかに出かけないか?」
「それはデートですか?」
「ああ、デートだ」
「ふふふ、颯太くん初めてデートって言ってくれましたね」
頬を赤く染めたまま、嬉しそうにはにかむ。
それにつられて笑みを浮かべると、見上げてきた桜と目が合って、また二人で笑い合った。
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