第三十話 帰ってきた日常
階段を駆け上った先には桜が立っていた。
瞳には涙を滲ませて、俺と目が合うとこちらに駆け寄ってくる。
「颯太くん!」
俺の名前を呼ぶ桜の体を、気持ちの赴くままに強く抱きしめた。
体は小刻みに震えていて、小さな嗚咽が聞こえる。
「颯太くん、ごめんなさい私弱くてごめんなさい」
「桜が悪いんじゃない、俺が卑怯だったんだ。気持ちを何度も自覚していたのに、言葉に出さずに逃げ続けて」
「違います私が悪いんですだから」
お互いが自分を責め立てる。
素直で、でも臆病な元義妹と、素直になれない元義兄は、噛み合っていなかった歯車を再び噛み合わせるために、お互いの本音を吐露し合う。
「桜」
「はい」
「好きだ、俺の傍にいてくれ。嫌だと言っても離さない。逃げ出したくなったら逃げても良い。絶対に俺が捕まえる」
これで良かったんだ。
格好良いセリフなんていらないし、まわりくどい言葉で遠回りする必要なんてない。
この「好き」という二文字で、この半年と少しの感情が全て伝えられるんだ。
「もう逃げません。過去を振り返らずに、私は颯太くんを信じます。もうめんどくさい女の子にならないように頑張ります。だから、颯太くんの隣にいさせてください」
桜は背中に回した手にさらに力を込める。
「もちろんだよ」
「よかった」
俺も力を込めて抱きしめる手に力を込めた。
「この気持ちのまま一緒に住んでた頃に戻れたらどれだけ幸せだろうかって、時々考えていたんだ」
「ふふっ私もです」
「俺はまだ学生だから今は難しいけど、絶対にもう一回やり直そう。朝はおはようと言って、寝る時はおやすみって言える。そんな当たり前の生活を二人で送りたい」
「私もしたいです」
素直な気持ちを伝えるということは恥ずかしいけれど、同じ未来を見据えていけるんだという実感が湧いてきて、これ以上無い幸福感に包まれた。
「ベッドは一緒じゃなきゃ嫌ですよ?」
「えっと、それはその時に検討しよう」
「それじゃあ一緒に暮らしてあげません!」
「えええ」
「ふふふ、冗談です。でもベッドは一緒、これは譲る気は無いですからね?」
「わかったよ」
笑顔で返すと桜も笑顔で見上げてる。
ああ、これが見たかったんだよ。
「やっぱり桜は笑顔が一番だよ」
「颯太くんの前だけですよ、こんなに素直に笑えるのは」
「そうしてくれ。これ以上桜がモテたら困る」
「颯太くん、嫉妬してますか?」
意地悪い笑みを浮かべて、桜が言う。
「ああ、嫉妬してる。桜に告白する奴がいたら気が気じゃない」
「ううう……今日の颯太くん素直過ぎます。ちょっと困っちゃいます」
俺を試したつもりが、桜が顔を真っ赤にしてしまう。
「颯太くんのせいでまた暑くなっちゃいました」
桜は少し離れて部屋の前まで向かって行った。
「そういえば私たち、全力で追いかけっこして汗まみれでしたね。お風呂使っていきますか?」
「いや、俺は家で浴びるから良いよ、着替えも無いしさ」
「嫌です、今日は一緒にいてください」
「じゃあ、いつもみたいに桜が着替え持ってうちに来るか?」
「少し待っててください!すぐに準備してきます!」
桜は勢い良く言い放つと、部屋の中に消えていった。
また日常が戻ってくる。新たに始まる日常はこれまで以上に幸せに包まれているだろう。
そう考えただけで顔が緩むのがわかってしまった。
リズム良く包丁の音が聞こえてくる。
俺はそんな幸せな音を背にして、テレビを見ている。
何度も手伝うと申し出たのだけど、頑なにそれは拒否された。
「もうご飯できますよ!」
「ありがとう」
食卓にはすでに主菜としてハンバーグが置かれていた。
「ハンバーグ俺に最初に作ってくれたのもこれだったな」
「覚えていてくれたんですか?」
「ああ、一緒に暮らし始めた時もそうだったし、どこかのストーカーさんが最初に弁当を作ってくれた時もハンバーグだったな」
「もうっストーカーって言わないでください」
拗ねた様子でご飯をよそい、それに続いてスープとサラダも食卓に並んだ。
「いただきます」
「いただきます」
二人で声を合わせて手を合わせると、先ほどまでの熱が嘘のようで、穏やかな空気が流れる。
会話は少ないけれど、それはやはり心地良くて、一緒の時間を共にしているだけで幸せだった。
静かに食事を続ける中で、ふと桜が口を開く。
「颯太くん……私達って恋人同士ってことで良いんですよね」
「そうだな」
至って冷静に返すが、改めて言葉にされるとなんとも恥ずかしい。
目の前の美少女が俺の彼女だって考えただけで鼓動が高鳴る。
「ふふふ……こんなに格好良い彼氏ができて、なんだか照れちゃいますね」
「いやいや、どう考えてもこっちのセリフだろ」
「えー颯太くんは本当に自分に自信が無いですよね」
「桜には言われたく無いけどな」
「うっそれは言わないでくださいよ!」
二人で目を合わせて笑う。
「颯太くん、私お付き合いできたら色々としてみたいことがあったんです」
「どんなことがしたいんだ?」
「それはこれから一つ一つお願いしていきます」
「……あまり変なことは言うなよ」
「酷いです!私をなんだと思っているんですか!」
ぷりぷりと頬を膨らませる、そんな姿も愛らしい。
「桜は可愛いな」
「なっ何ですか突然!」
「いや、これからは素直に思ったことは伝えようと思ってな」
「うー不意打ちは困りますよ」
「照れた顔も可愛いな」
「だーかーらー!」
桜は顔を真っ赤にして、食事の最中だというのに俺の隣に腰かけてきた。
「こら、行儀が悪いぞ」
そう嗜めると同時に、俺の肩に手を乗せて身を乗り出してきて、俺の頬にキスをした。
柔らかな感触が頬を伝って感じ取れて、離した桜の唇が目と鼻の先にあるのを見て、急激に体温が上昇した。
「……っ」
「お返しです」
そう意地悪な笑みを口にしてこちらを見る桜に、やっぱりこの子の素直さに勝つには時間がかかりそうだなと、しみじみ思うのだった。
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