第二話 アルバイトと元義妹
今日は新学期ということもあり、午前中で学校が終わる。
全校集会を終えて香織が明日からの説明を終え立ち去った後は、部活に向かう者や放課後遊びに行くものに分かれていた。
「じゃあまた明日な」
「ばいばーい。そうちゃんかえろー」
樹が部活に向かう所を送り出した後に、千歳が大声で向かってくる。
『⋯⋯雨宮さんまで手にかけるのか』
『⋯⋯このラブコメ主人公が』
昨年は他クラスだった生徒も多いため、二人の関係性を知らない男子からの視線と言葉が背中に突き刺さる。
でも、前に高校生になったらあまりべたべたするなと言ったところ、本気でへこみだしたから勝手にさせているんだけど。
しばらくすれば俺たちにピンク色の雰囲気が一切無いことには気付くだろう。
「行くか」
自宅近くのコンビニエンスストアでアルバイトをしているので、ご近所さんの千歳とはバイトの日もたまに一緒に帰る。
普段は夜のシフトに入ることが多いけど、今日は学校が午前中ということもあって、店長に代わって13時から夕方までのシフトに入ることとなった。
「そうちゃんお買い物付き合ってよ」
「すまんバイトの時間ギリギリなんだ」
「えー残念。今日はそうちゃんの好きなもの作ろうと思ったのに」
両親が共働きの雨宮家は、千歳が週の半分ほど夕食を作っている。
ノリに反して、千歳の料理はうまい。
「ごめんな。千歳の料理なら何の心配もして無いから」
「古賀さんの料理とどっちがおいしい?」
「ドローだな」
少し照れながらも、なぜか古賀の料理を引き合いに出してきた千歳の質問に、つい素直に答えてしまった。
「そうちゃんのばか!そこは私って言うところだよ!?」
「ごめんごめん」
「そんな感じだからモテないんだよ」
ジト目で見られるが気にしない。
そんなやり取りをしているとあっという間にバイト先のコンビニに着いた。
「じゃあまた連絡するよ」
「はーい。バイト頑張ってね」
見送りもほどほどに裏口から更衣室に入る。
「あれー颯太くん、彼女同伴かな?」
にやにやした顔で話しかけてきたのはバイト先の先輩である佐伯聖愛だった。
「ちがいます」
「えー残念。お姉さん嫉妬で震えてたのにー」
お姉さんという割には童顔で背も低く、年下にしか見えない。
美人というよりは可愛いという表現が正しい。
ただ、1歳上の威厳を感じるとすれば、異様に突出したバストが、年上のお姉さんの色気をこれでもかとアピールしてくる。
「シフトかぶるの久々だね、嬉しい?」
顔を近づけてにやけ面で話しかけてくる。
「はいはい、嬉しいですよ」
「冷たい、もうバイト辞めたくなってきた!」
口を開けば冗談しか言わない聖愛を放っておいて、制服に身を包んで準備する。
「あっ春日井君今日はありがとね」
「いいんですよ。店長、何連勤目ですか?」
午前中の勤務を終えた店長に声をかけられたので言葉を返す。
店長の顔には疲れの色が浮かんでいた。
「もう覚えてない。もういっそのこと、ここに住もうかと思ってる」
「できるだけ出るんで言ってくださいね。じゃあ行ってきます」
店長の負のオーラに巻き込まれそうになりながら、足早に聖愛と裏口から出た。
「今日は暇そうだねえ」
住宅街に位置するこのコンビニはお昼時に近くの工事現場の作業員が来る時以外は客もまばらだ。
「ですねえ」
店内の掃除でもしようかと思い、モップに手を伸ばす。
「そういえばシフトかぶるの久々だね、妹ちゃんは元気?」
「はあ」
樹と千歳に学校で散々質問攻めにされたあげく、ここでも聞かれるかと大きな溜息が漏れた。
「溜息やめい!」
「あー春休み中に両親が離婚して、義妹はもういません。以上」
話が弾むと面倒なので、できる限り完結明瞭に伝えた。
「えっあっ⋯⋯ごめんね。なんだか答えにくいこと聞いて」
視線を落として申し訳なさそうに聖愛は言った。
「全然落ち込んでないんで大丈夫です。それはまあ置いといて、モヒカンは元気ですか?」
モヒカンというのは犬の名前だ。
聖愛とバイト仲間の中でも特に親しい理由が、以前このコンビニの近くに捨てられていた犬を見つけて、里親探しに奔走していたところ、たまたま近くのコンビニで働いていた、聖愛の家で引き取ってもらえることになった。
モヒカンという名前の由来は、頭の中心に毛が集まってモヒカンみたい!という理由らしい。
ちなみに、その後高校入学と同時に、聖愛にこのコンビニバイトを紹介してもらったので、何かとお世話になっている。
「元気だよーどんどん大きくなってきたから、また今度会いに来てよ!」
「久々に会いたいので今度お邪魔しようかな」
待ってるねーと言いながらあどけない笑みを向けてくる。
そうして雑談交じりに客も少ない中で仕事をしている中で、ふいに自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいま⋯⋯せ」
入店してきたのは古賀だった。
「あっえっと⋯⋯春日井君のバイト先ってここだったんですね」
「あれ?お友達?」
義妹ができたと話はしていたものの、他の高校に通っている聖愛は古賀と面識が無かった。
「お友達では無いですね」
入店してきた時はばつの悪そうな表情を浮かべていたが、古賀はそう淡々と返すと、店の奥に消えていった。
「今の子めちゃくちゃ美人だったね!あんな子学校にいるんだ」
「あーそうですね」
説明するのも面倒なので、ここは誤魔化そう。
「いいなー!私が男だったら絶対に惚れてるね!」
と、聖愛が謎の宣言をしているところに店長がバックヤードから出てきた。
「ごめん!夕方のシフトの子が風邪をひいちゃったみたいで、どっちかこのまま出れないかな」
いつも限界の人数でシフトを作成しているため、1人欠けると大問題だ。
ちなみに店長は夜も店に出る。
「ごめんなさい店長。夜は用事があって」
「そうだよね、無理だよね」
聖愛が断ると明らかに店長が落ち込んだ顔を見せる。
「俺出ますよ、特に予定も無いですし」
「本当かい!!!いやー助かるよ」
この状態の店長を残して帰るのも気が引けた。
だってゾンビみたいな顔してるから、さすがに心配が勝つ。
ちょうどその時、お茶のペットボトルを片手にレジに古賀がやってきた。
「⋯⋯バイト頑張ってるんですね」
「まあそれなりにね」
会話をしたのはいつぶりだろうか。
こんな会話のキャッチボールですら気まずさが残る。
相変わらず目線は合わないけれども。
「そっそれじゃあ」
「おう」
短いやり取りを終えて足早に古賀は立ち去っていく。
「そういえば千歳にバイト長引いたこと伝えないとな」
ふと夕飯を届けてくれるという話を思い出して、千歳に連絡するために聖愛さんに事情を話して店の裏で電話をかける。
「はーいどうしたの?そうちゃん」
数回コール音が鳴った後に、千歳は電話に出た。
「申し訳無いんだけど、バイトが夜までになったから帰るの遅いし、夕飯持ってきてくれる話、今日は無しでも良いかな?」
事前に伝えなければ、連絡が無いことを心配した千歳は家まで来てしまうだろう。
「そうなんだ⋯⋯今日のご飯は大丈夫そう?」
「適当に済ませるよ」
「いつでも言ってね?そうちゃん一人じゃ心配だから」
「ありがとな」
「いいえ~幼馴染ですから!」
「最高の幼馴染だよ、千歳は。じゃあバイト戻るな」
「頑張ってねー!」
バイト中なので手短に会話を済ませて電話を切る。
そして店に戻ろうとしたところで、なぜかまだ店の前に立っていた古賀の姿があった。
「何してるんだ?」
「別に何もしてないです」
そうか、と特に気にした様子も見せずに告げて颯太は店に戻る。
「あっ」
「どうした?」
呼び止められて怪訝な顔で振り返る。
「家のことはちゃんとできてますか?」
「ボチボチやってるよ」
心配してくれたのか?とも思ったが、俺に対してそのような気遣いを見せたこともなかったから、それは無いなと自問自答する。
「じゃあバイトに戻るから 」
「はい、頑張ってください」
頑張ってなどと声かけをされるとは思っていなかったため少々驚いたけど、足早に店内に戻る。
その背中をなにか言いたげに彼女は見つめていた。
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