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第二十九話 素直になるって

「それで?どうしたの?」


「実は、古賀と連絡が取れない」



 周囲に人のいない場所を探した結果、放課後に千歳と二人で自宅近くの公園にいた。

 


「なんで?今日も学校にいたじゃん。普通に声かけたら良いのに」


「いや、朝一番に教室に行ったら、全力で逃げられた」



 桜は登校するのが早いから、朝待ち伏せすれば確実に話ができるだろうと思っていたのに、俺の顔を見た瞬間に全速力で逃げられた。



「喧嘩でもしたの?」


「いや、喧嘩というわけでは無いんだが」


「じゃあ何?」


「いや、理由がわかったらこんなことになって無いんだよな……」



 女性的な目線でこの状況はどう映るのか、もちろん桜が寝室に入ってきたことや、プリクラでの奇行のような部分は伏せて、大枠の話を伝える。



「それで?どう思う」



 話を終えると、千歳の顔がみるみる怒りに染まる。



「そうちゃん、はっきり言って良い?」


「ああ、頼む」


「そうちゃんは鈍感でズルい、もっと女の子の心を勉強しなさい。そして、古賀ちゃんは何?メンヘラなの?勝手過ぎない?」


「いや、メンヘラって、あいつにも色々あって……」



 なだめようとするが、千歳はさらに怒気を強める。


 そして千歳の視線は俺の目では無く、なぜか後方に向けられている。


 目を見開いて、恨めしそうに一点を見つめる。



「どうした?」


「こっち見て!」



 何かあるのかと視線を向けようとして、千歳に顔を押さえられ、俺の目を凝視する。



「最初はさ、古賀ちゃんのこと本当にすごいなって思ってたんだよ?自分の気持ちに素直でさ、そうちゃんに対してこんなに真っ直ぐに好きって気持ちを伝えることができて、羨ましいなって、私もそんな子になりたかったなって」



 そして声をさらに張り上げて続ける。



「あんなに美人でかわいくて一途で家庭的で、そうちゃんにはもったいないくらいの女の子で、だから私は幼馴染としてそうちゃんが幸せになるって思ったから、応援したいなって思ったのに!」



 続く言葉は目を細めて再び視線を後方に向けて、その先の何かを睨むように告げる。



「最後の最後に怖くなって逃げ出しちゃうなんて……ズルいよ!このまま逃げ続けるって言うなら、やっぱり古賀ちゃんにはあげない!私がそうちゃんを貰うから!それでも良いの?」



 誰かに語りかけるような口ぶりと同時に、千歳の力が緩む。


 そして視線を後方に向けると、公園の外の電柱の陰に桜が立っていた。


 視線が合って、硬直していた桜の体が飛び跳ねるように動く。



「桜!」



 名前を呼ぶと、やはり走って逃げてしまった。



「本当に古賀ちゃんってそうちゃんのこと大好きだよね」



 呆れた声で千歳が言うと、俺の後ろに回った千歳は、背中をトンと押す。



「行きなよそうちゃん。ちゃんと素直になるんだよ?」


「……ああ」



 一番の親友であり、妹でも姉でもあるような、大切な幼馴染からの後押しに、自然に足が前に動き出す。



「こんなかわいい幼馴染を放っておいて、あんなストーカーちゃんを追いかけるんだから、今度ケーキ奢ってもらうからね?」


「ああ、今までの感謝も上乗せして、吐くまで奢らせてくれ」


「絶対だからね!」



 そうして送り出してくれる千歳の顔は、いつもの優しい幼馴染の笑顔だった。


 

「じゃあ行くから」



 走り出した俺の背中に「頑張れ」と声がかかる。


 絶対に追い付く。


 傍にいると約束したんだから。


 最初から歯車はかみ合っていなかったけど、結局最後まですれ違い続けていた二人だけど、今日からまた一緒に歩き始めるために。


 覚悟を声には出さず、全速力で駆け抜ける。



「桜!」



 遠くに見える桜に届くように、全速力で走りながら名前を呼ぶ。


 てかなんであんなに足早いんだよ、全然距離が縮まないじゃないか。



「くそおおおおおお」



 自分を鼓舞して、破裂しそうなほどに脈打つ心臓にムチを打つ。



「っ桜!桜!」



 大声で叫ぶが桜の走る速度は衰えない。


 ただ、少しずつ距離は詰まっている。


 あと少し、あと少しだ。



「あっ」



 角を曲がって見えたのは、桜が自宅のマンションに飛び込む姿。


 俺がマンションの前に着いた頃にはオートロックを開けて階段を上がる背中だけが見えた。



「くそっ!」



 俺は自分の膝を叩きながら、滴る汗を拭う。


 あと少しだったのに。



「……かっこ悪いな俺」



 乱れた息が整わぬまま、自分の不甲斐なさに悔しさが込み上げる。


 結局このまま桜に何も伝えられないのか。


 俺が支えると、傍にいると宣言したのに、やはり何事にも受け身で甘えていて、そんな情けない男のままなのか。



「いや……終わりじゃない」



 俺はマンションの外に出る。


 視線を上に向けると、つい先日は会うことができず敗走した桜の部屋が見える。


 こんな終わりは嫌だ。たとえ桜に嫌われていたとしても、せめて想を声にしていままでの感謝を全て伝えたい。


 桜はずっと俺に素直に伝えてくれていて、俺は肝心なところで誤魔化し続けていたから。


 乱れる息を整えるように一度深呼吸して、口を開く。



「桜!俺は桜のことが好きだ!」



 自分の気持ちを伝えるというのはこんなにも緊張するものなのか。


 言葉にすると共に心臓が再び早鐘を打つ。



「傍にいる、支える、なんて聞こえの良いセリフばっかり並べて、気持ちを素直に伝えられない自分から逃げていた!」



 桜に一言一句逃さず伝わるように、声を張り上げる。



「でも違うんだ、傍にいたいのは俺の意思だけど、本当は傍にいて欲しい!離れないで欲しい!桜のことが好きだから、一緒にいたい!」



 カーテンがわずかに揺れる。



「だから!また一緒に笑ってご飯を食べたい!これ以上俺は何も望まないから!桜の存在が俺の中で一番の特別だから!」



 すべてを吐き出して、桜の部屋に視線を向ける。


 そこには窓から身を乗り出してこちらを見る桜の姿が合った。



「私は、何度も……何度も言っているじゃないですか!颯太くんが一番だって、颯太くんだけだって!でも、颯太くんは何も言ってくれないから!私、自信が持てなくて……だから自信が欲しくて!」



 階下に聞こえるように、張り裂けんばかりの声が響く。



「逃げてごめんなさい、臆病者でごめんなさい。でも……でも……私も大好きです!」


「俺も……大好きだ!」


「たった数日でも、颯太くんの声が聞けなくて寂しかったです」


「俺も寂しかった」


「会いたかったです」


「俺も会いたかった」



 同調するように返す。



「でも、もう絶対に離さない。不安になったら言ってくれ、その時は俺が全力で安心してもらえるように、何度だって好きと言うから」


「……いま言って欲しいです……私の傍で、しっかりと何回も。私が良いって言うまで好きって言って欲しいです」


「すぐにそっちに行くから待ってて」


 

 マンションの入り口に向かって再度走る。 


 そして三回目に鳴らしたオートロックは間髪入れずに開いて、俺は段飛ばしに階段を駆け上った。


 

予定ではあと10話程で完結する予定です。

次話からクライマックスに向けてさらに加速していきます。


よろしければブックマークと★から★★★★★で率直な評価をいただけると、完結までの励みになるので嬉しいです!!

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