第二十八話 元義妹のいない日常
私は馬鹿だな。
颯太くんに心を開いている。信頼しているというのは思い込みで、いつも私を見てと怯えている弱い人間だ。
嫉妬深くて大好きな人を困らせる、面倒な女の子。
自分の中の壁を破ることができたと思い込んで、結局壁の中から愛してと叫ぶ卑怯な女。
強くならなきゃ。そう思う度に、心がもう限界だ傷つきたくないと悲鳴を上げる。
あぁ颯太くん、困った顔をしていたな。
怒っているようにも見えたな。
あんな顔をさせてしまう私は、やっぱり人を好きになる資格なんか無くて。
颯太くんと一緒にいたい。でも一緒にいると私自身が私と颯太くんを壊してしまう。
だから一度リセットしよう。
颯太くんを遠目で見るだけで本当に幸せだったし、そのくらいの距離感が私には良かったのかもしれない。
私の不器用な初恋は、ここで一旦終わり。
たまに隠れながら颯太くんを見ちゃうかもしれないけれど、そのくらいは許してね。
朝起きると桜の姿はもう無くて、リビングには朝食だけが用意されていた。
即座にメッセージアプリを開いて送信するも、いつも一瞬で帰ってくる返信も無い。
冷蔵庫を開けると桜が買い込んでいた食材は全て調理された後で、綺麗に小分けされて並んでいた。
室内はいつも以上に綺麗に掃除されていて、塵一つ無いのが見て取れる。
昨晩の一件を思い出しながら、誰もいなくなった部屋を見回すと、まるで半年前に戻ったようにも思える。
そんな考えがよぎってしまう程に、今まで心地よかった空間が寒々とした空気に包まれていた。
「いや、そんなわけ無い。いつもみたいに気付いたら後ろに立ってるだろ」
自分を信じ込ませるために呟いた言葉に、返答はあるはずも無かった。
◆
悪い予感は得てして当たるもので、あの日以降桜からの連絡は無く、父さんと祖父母の家に帰っている間メッセージの返信も無かった。
『何をしているんだ?』
『この前のことは俺も気にしていないから』
『しっかり話したい』
そんな上辺だけの言葉しか出てこなくて、全てのメッセージに既読すら付くことは無かった。
あの時、俺はどうするべきだったんだ。不安を打ち明けてくれた桜を欲望のままに抱きしめたら、今まで通り楽しく笑い合えていたのだろうか。
そんな考えが幾度もよぎっては「違う」と自問自答することを繰り返した。
桜に会いたい。
そう強く思う度に寂しさと焦りが込み上げてきて、スマートフォンの通知が鳴る度に、祈りを込めながら画面を開いて落胆した。
ゴールデンウィーク最終日、自宅に帰ってきてすぐに桜の家にも行ったが、エントランスで呼びかけてもオートロックが開くことは無い。
一度マンションの外に出て、桜の自宅と思われる部屋を見たけど、カーテンがかかっていて中の様子は見て取れなかった。
家にいないのか?そう思って周囲を散策したが、当然のことながら都合良く出くわすようなことは無い。
そのまま、夜まで待ったが部屋から漏れる光を確認することも、カーテンが開くことも無かった。
「これじゃあ俺もストーカーだな」
自嘲するようにそんな言葉を漏らして、俺のゴールデンウィークは喪失感と共に終わりを告げた。
「ねえ、そうちゃん何かあったの?」
ゴールデンウィーク明けの学校で、訝しげにこちらを覗くのは幼馴染の千歳。
「何も無いって。別に普通だろ」
「そんなわけ無いじゃん。負のオーラがすごいよ?目の下のクマも酷いし」
「ああ、ゴールデンウィーク中ゲームにはまってしまってな。連日徹夜でプレイしてたらこの有り様だ」
あくまで楽し気に伝えると千歳はこちらに顔を寄せてきて、胸ぐらを掴んで無理やり引き起こされる。
「おっおい何するんだよ!」
「そうちゃん、幼馴染舐めてるしょ?」
「……何のことだよ」
射貫くような視線に目をそらすが、より一層力を入れて引き上げられる。
「言いたくないなら聞かない。でも、いつでも力になるから言って。私はいつでも待ってるから」
言葉は優しいが、周囲から見れば恫喝しているようにしか見えないだろう。
赤子の時からの付き合いだ。小さな嘘もお見通しってことか。
事実俺は憔悴していた。
まあ、連休明け早々に血色の悪い男がいたら友人で無くとも気付くか。
でも、おいそれと人に話すことでも無い。これは俺と桜の問題だ。
「本当に何も……」
そう言いかけて見た千歳の顔には、心配と不安、そして怒りが入り混じっていた。
千歳にまでこんな顔をさせてしまうのかと、疲れ切った心にさらに追い打ちをかける。
困っていたら助けたい。そんな単純な感情なのに、打ち明けてくれないというのは悲しいものだ。
それはつい先日、俺が桜に抱いていた感情そのままで、悲し気な千歳の顔は俺の写し鏡のようだった。
「千歳……相談したいことがある。放課後ちょっと良いか?」
だから、信頼しているからこそ、弱音を見せられる相手だからこそ、素直に頼ろうと思った。
「もちろんだよ!」
満面の笑みで拘束を解除してくれる。
「お前らは何をやってるんだか」
呆れた声で樹が話しかけてくる。
「うーん、そうちゃんが素直じゃないから懲らしめてた!」
「……物理的にな」
「何か言った?」
先ほどのような鋭い視線でこちらを見るものだから、何も言わずに押し黙る。
「仲が良いのはいつものことだけれど、少しは周りの目を気にしような?」
「うっ……気を付ける」
先程まで暗かった気持ちも、友人と話すと少しだけ晴れた気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
完結まで残り少なくなってきました。
ラストまでよろしくお願いします!
よろしければブックマークと★から★★★★★で率直な評価をいただけると、今後の励みになるので嬉しいです!!




