第二十五話 悩める元義妹
怖いよ、颯太くん。
颯太くんが欲しいよ。
私の物では無いってわかってる。
でも誰にも取られたくないよ。
ドロリと独占欲が心の隙間から漏れ出すと共に、父親が母を裏切った生々しい光景がフラッシュバックする。
大丈夫。私が頑張れば良いんだ。
もっと、颯太くんが私だけを見てくれるように⋯⋯
昨晩、バイトを終えてメッセージアプリを見ると「明日10時、隣駅の映画館で待つ」という果たし状のような文面が入っていて、俺は素直に待ち合わせ10分前に指定の映画館に到着していた。
「ごめん、待たせたか?」
「いいえ、いま来たところです」
そう言ってこちらを見る桜はツンとした態度で答える。
「本当は?」
「……何のことです」
「本当は何時に着いていた?」
有無を言わさぬストレートな物言いに、観念したのか桜は俯きがちに答える。
「……1時間前」
「はあ、今度からそんなに早く来なくてもいいから」
「今度?また私と遊んでくれるんですか?」
途端に嬉しそうにこちらを見て笑顔になる桜。
本当にこういうところ素直だよな。
「はっ!違います!颯太くんがどうしてもって言うならまた遊んであげます!」
「うーん、桜が嫌と言うなら無理強いはしないけど」
「……なんでそうやって意地悪するんですか」
悲しそうな目で見てくる桜に嗜虐心が掻き立てられてしまうが、少し調子に乗りすぎたな。
「嘘だよ。今度は俺から誘うから」
「……ずるいです、颯太くん」
俯きながら、それでも嬉しそうに桜は言う。
「それで今日は何で映画館なんだ?」
「えっと、颯太くんと一緒に見たい映画があって」
そう言ってスマートフォンの画面に映し出されている作品名は海外の恋愛映画で、少し意外だった。
「桜ってこういうの好きなんだな」
「はっはい!前から気になってて⋯⋯」
「じゃあ今日はせっかく桜が誘ってくれたんだし、一緒に楽しもうか」
何故か頬を染めて「はい」と短く言う桜を訝しげに見つめながら、二人で映画館に入る。
「映画の前にお手洗いに行っても良いですか?」
「うん、ゆっくり行っておいで」
桜を送り出して、俺は先にチケットを購入することにした。
だいぶ前に公開された作品だからか、席には余裕がある。
「お待たせしてすみません」
「いいよ、そしたら飲み物とか買いに行こうか」
「先にチケット買いに行きません?」
「いや、いまもう買って来たから」
「えっ!?」
桜が驚いてこちらを見る。
「どうした?」
「ごめんなさい。チケット代いくらでしたか?」
「普段お世話になってるからこのくらい良いって、俺バイトしてるし」
帰宅部だから放課後の時間を持て余すので、バイトのシフトは多めに入れてもらっていた。
特に趣味も無いから使う場面も少ないし、最近は貯金ばかりが増えていく。
「えっと、じゃあ飲み物とポップコーンは出させてください!私が誘ったのに申し訳無いです!」
「うーん、わかったよ。ありがとう」
そう言って答えるも、桜はこちらをジトっとした目で見てくる。
「どうした?」
「いや、なんか颯太くん慣れてません?やっぱり昨日の人とも、こういうところに来たりするんですか」
昨日の人?聖愛さんのことか。
「まず桜は激しく誤解をしている。聖愛さんは俺のことをからかって面白がってるだけだって」
「ふーん、そうですか。そういうことにしましょう。でも負けませんから!」
恥ずかしそうにこちらを見る桜。
本当に数か月前とは完全に別人だ。
今は感情表現が豊か過ぎて、あの家庭内別居のような生活をしていた頃と比べると、いまだに信じられない。
「桜ってさ、どうして俺のことそんな風に言ってくれるんだ?自分で言うのも悲しいけど、樹みたいにイケメンでも無いし、これと言って飛び抜けているところも無いぞ?」
「そんなことはありません!颯太くんは私にとって特別なんです!優しくて、誰よりもかっこ良い男性ですよ!……うー、ポップコーン買いに行きますよ!」
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、足早に売り場に歩き出す。
結構なボリュームで言ったものだから、周囲の視線が恥ずかしくて、俺もその後ろを追いかけた。
後ろから少し見えた桜の耳は、真っ赤に染まっていた。
「映画始まるな」
「はい」
映画の始まりを告げる音楽が場内に響き、辺りが暗くなる。
ストーリーとしては幼少の頃から幼馴染だった二人が、社会人になってから再会し、お互い相手がいるが、その時の感情を思い返し、互いに惹かれ合っていく。というストーリーだ。
どこかで見たことあるようなストーリーだな。
「あっ」
既視感を感じながら見ていると、桜が小さく声を上げる。
今スクリーンに映し出されているのは、男女の濃密なキスシーンだった。
日本の映画とは違い、海外の恋愛映画というのはあまりにも情熱的だ。
俺が見ても少し恥ずかしさを感じてしまうシーンに、暗がりでもわかるほどに桜は顔を真っ赤にしてスクリーンを見つめている。
と思いきや、桜がこちらに視線を向ける。そして手を絡めてきた。
いつもの重ね合わせる形では無く、指を絡ませる恋人繋ぎで。
「桜さん?」
「……こっち見ないでください」
小声で言う声は、少し震えている。
いや、桜がこっちを見たんだろとツッコミを入れたくなったが。大きな声を上げるわけにもいかず、スクリーンに視線を無理やり移す。
映画はより濃密な男女の絡みに発展していた。
桜の映画のチョイスを呪いながら、繋いだ手の感触を直に感じると、映画の内容も相まって、より一層意識してしまう。
横目に見えた桜の顔はやはり赤く染まっていて、閉じた唇はスクリーンの光が反射して、艶めかしく光っている。
その時、桜と目が合った。
大好きです。
映画の音と重なって声は聞こえなかったが、口元の動きでそう言ったのだと悟って、俺の口も何かを伝えたくて衝動的に動く。
ただ、桜はすぐに俯いてしまって伝えることができなかった。
衝動的に気持ちを吐露しそうになるくらいに、彼女への愛しさが募る。
「おもしろかったですね」
「いや、後半絶対に見てなかっただろ」
恥ずかしさが勝ってしまったのか、桜はクライマックスまで顔を上げることは無かった。
「だって!あんなにエッチな内容だと思わなかったんです!もっと純愛ストーリーで終わると思ったら、あんなにイチャイチャして!見せつけられたこっちの気持ちにもなってください!」
「いやいや、自分が選んだんだろ」
「ううう、ごめんなさい」
そう言って映画の内容を思い出してしまったのか、真っ赤な顔で俯く。
「……でも颯太くんとまた手を繋げたから良かったです」
ポツリと呟く。
あまりの可愛さに脳内で悶絶する。
そして無言で桜の手を取った。
「絶対に……離さないでください」
「ああ」
自分が招いたことだが、甘い雰囲気に耐え切れずに、何とか話題を探す。
「それで、次どこか行きたいところはあるのか?」
「えっええ、そうですね。次に行きましょう!」
コホンとわざとらしく咳をする真似をして、目を輝かせて桜が言う。
「颯太くん!私のお買い物に付き合ってください!」
ニヤリと口元に笑みを浮かべる桜に、なんだか悪い予感がした。
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