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第二十四話 素直な元義妹と素直になれない元義兄

「……颯太くん」



 まどろみの中で女の子の声がする。


 ああ、これは桜の声か。


 目を微かに開くと、春の日差しに一瞬視界が白くぼやける。


 もうひと眠りしようと思った時、手を握られていることに気付き、握り返す。


 再び夢の中に沈もうとしたが、鼻先にかかる吐息がくすぐったい。


 何だろうかと目を開くと、目と鼻の先に桜がいた。



「ひゃあああ!」


「ぎゃあああ!」



 桜の絶叫に思わずこちらも絶叫してしまう。


 顔の距離は拳一つほど。少し顔を動かせばそのまま唇が重なってしまいそうな距離に、思考が追い付かない。



「とっ突然起きないでください!」


「こっちのセリフだ!なんでいるんだよ!」


「合鍵くれたじゃないですか!」


「いやだからって、なんで俺の部屋にいるんだ?」


「ちょっと部屋のドアが開いてるなーと思ったら可愛い寝息が聞こえてくるものですから、吸い込まれてしまいました。えへへ」



 可愛く笑っても騙されないぞ。



「これからは来るときは連絡してくれよ、びっくりするだろ?」


「嫌です!久々に颯太くんの寝顔が見れたんですもん」


「お前、まさか一緒に住んでいる時も」


「なっ何のことですかねー」



 視線を外してしらばっくれる。



「まさか写真とか撮って無いよな」


「まっ……まさかあ」



 絶対に撮ってるだろ。本当にわかりやすいな。



「……ストーカー気質はどうにかならんのか」


「しっ失礼な!ストーカーじゃないです!」



 自覚無いのか、怖いよ。



「あーもうわかったから、着替えるから少し出て行ってもらっても良いか?」


「おっおおお手伝いしましょうか?」


「いや、絶対に無理だろ、顔真っ赤だぞ」


「そっそんなことないです!ほら!脱いでください!」



 手で顔を隠しながら指の隙間からこちらを見ている。


 どうしてそこまで意地を張るんだよ。



「いいから出て行きなさい!」


「あー颯太くん!」



 背中を押して部屋から出す。


 バイト代を使ってドアに鍵を付けようか、本気で悩みながら着替えを済ませて、自室を後にした。



「ご飯できてますよ」


「俺も手伝いたいって言ったのに」



 今日からは出来ることから積極的に手伝うと決めた矢先に、早速お世話になってしまった。



「ふふふ、いままではちゃんと起こしてあげることができなかったので、嬉しいです」


「桜がいなくなった途端に新学期寝坊したからな。本当に頭が上がりません」


「毎朝起こしに来てあげましょうか?」


「そこまで迷惑かけるわけにはいかないし、今日みたいに突然いると心臓に悪いから遠慮します」


「それじゃあ、たまにサプライズで来ますね。ちゃんと起きていないと、悪戯しちゃいますよ!」



 そう言って楽しそうに笑う。


 言葉を交わすことの無かった半年間も二人で笑い合えていたらどれだけ幸せだっただろう。


 この時間が一生続けば良いのに。



「どうしました?そんなに私の顔をじっと見て。もしかして見惚れていましたか?」


「ああ、見惚れてた」


「なっ!?」



 俺をからかおうと挑発的な笑みを浮かべたかと思った矢先に、驚いて顔を真っ赤に染める。



「ううう、ズルいですってぇ」


「あはは、ごちそうさまでした」



 食器を片付けながら、拗ねた様子の桜の頭を優しく撫でる。



「……もっと撫でてください。私が良いって言うまでやめちゃダメなんですからね」


「わかったよ」


「んんっ……颯太くんに頭撫でられるの好きです」 



 やけに艶っぽい声が桜の口から漏れる。


 頭を撫でているだけなのに、変なことをしている気分になってきた。



「あーもうやめだ!」


「えええ、何でですか」



 名残惜しそうに桜が見上げてくる。



「いいから!食器は俺が洗うから!俺はシャワー浴びてくる」



 そう言って一人浴室に向かい、冷たいシャワーを頭から浴びる。


 高揚した気持ちを落ち着かせるには、少しだけ時間が必要だった。






「……もう行っちゃうんですか」



 そろそろバイトの時間が近くなってきたので、家を出るための準備を始めたタイミングで、桜がぽつりと呟く。



「うーん、ちょっとギリギリかも」


「そうですか」



 明らかにシュンとしてしまっている姿を見ると、後ろ髪を引かれるような思いになる。


 いつものようにダメですか?と聞かれたら、バイト仲間に土下座してシフトを代わってくれないか交渉をしてしまうかもしれない。



「あの……ごめんなさい、なんだか颯太くんといると我儘になっちゃって駄目ですね」



 寂しそうに呟く桜を見ていると、素直になることのできない自分が無性に恥ずかしく思えてきた。


 桜は父親の浮気があってから、男性に嫌悪感を感じて話しかけることすらおぼつかなかった。


 それでも真っ直ぐに気持ちを伝えてくれることは、とても勇気が必要なことだっただろう。


 いつも素直に俺の心に飛び込んできてくれた。


 気持ちは言葉に出さなければ伝わらない。


 だから、俺の想いを少しでも伝えて同じ気持ちだとわかってもらいたい。



「我儘なんかじゃないよ。桜は今まで一人で我慢をしてきただろ」


「……そんなことは」


「もう一度しっかり伝えたいことがあるんだけど、聞いてくれるか?」


「はい」



 少しの間を置いて、桜の目を見据える。



「あのさ、今更都合が良いって言われるかもしれないけど、俺は桜とこれからも一緒にいたい。だから、今日だけじゃなくてずっと桜の傍にいる。それは香澄さんと約束したことでもあるし、俺の意思でもある」



 桜の目に喜色が浮かぶ。



「だから、明日も明後日も、隣で……おっ俺が支えるから」



 最後に照れが出てしまったのがちょっと悔しいけど、この先も多くの時間を一緒に過ごしたいという、素直な思いを込めて伝える。



「どうかな?」


「……それはずるいです」



 少し拗ねたように、でも口元は嬉しそうに口角上げてこちらを見つめる。



「私から明日も会いたいですって言おうと思ってたのに」


「じゃあ、明日も?」


「もちろんです!」



 そう言って笑顔を向けてくれる桜は、やはり同居していた時よりも、学校で見るよりも、とても可愛らしくて、愛おしい。



「じゃあ……バイト行くから」


「はい。一緒に近くまで行っても良いですか?」


「うん、行こうか」



 桜との空気感に以前のような刺々しさは無くて、一緒に歩く距離は時間が経つごとに近付いていた。



「明日は何を食べたいですか?」


「うーん何でも良いかな?」


「何でも良いが一番困るんです!」



 二人で顔を見合わせて、同じ歩幅で短い道のりを歩く。


 そして、バイト先のコンビニが見えてきた時だった。



「あれ~?颯太くん、今日は別の女の子と同伴出勤ですか?」



 視線の先にはニヤニヤ顔の聖愛がいた。



「うーん隣の子は……あっ!この前お店に来てた美人さんじゃない!やっぱり何かあったんだね~」


「聖愛さんちょっと!」



 突如現れた聖愛の手を引いて、桜からの距離を取る。



「聖愛さん余計なことは言わずに立ち去ってください。今度ちゃんと説明しますから」


「えー立ち去るもなにもこれからバイトだもの。颯太くんもでしょ?」



 最悪だ、今日のシフトのことを忘れていた。


 頭を抱えていると、聖愛を掴んでいる反対側の腕が強く引かれる。



「あの……颯太くんって、誰とでも手を繋ぐのかな?」



 そう言って腕に抱きついてくる桜。顔が怖い。


 腕に力を込める度に、生々しい感触が伝わる。



「安心して?颯太くんは取らないから♪」



 そう言って俺の手からすり抜けるように逃げて、足早にバイト先まで駆けて行った。



『後でお姉さんに全部話すんだよ?』



 即座にメッセージが入っていたあたり、徹底的に弄る気だな、あの人。



「あの、桜さん?」



 抱きついて離れない桜を見ると、少し涙目になってこちらを見ている。



「……なんですか」


「いや、いろいろ当たってるから離れてくれたら嬉しいんだけども」


「当ててるの!」



 顔を真っ赤にしているあたり、無理をしていることは手に取るように分かった。


 小刻みに体も震えてるし。



「颯太くんさっきは嬉しいこと言ってくれたのに、すぐ他の女の人に鼻の下を伸ばして……」


「鼻の下は伸ばしてないぞ?」


「知らない!!!」



 叫ぶと同時に、勢い良く桜が離れた。


 そして何か決意したような目でこちらを見つめてくる。



「颯太くん!」


「はい!」


「私、負けないから!雨宮さんにも、あのお姉さんにも、絶対に負けないから!よそ見できないくらい私のこと見てもらえるように頑張るから!」


「いやだから、なんか勘違いしてません?」



 これは恐らく聞こえていないな。


 拳を握りしめて「絶対負けないもん」って独り言が聞こえる。



「颯太くん!明日は覚悟しておいてね!」



 捨て台詞を残して、全速力で駆け出す桜の背中を、俺は呆然と見つめることしかできなかった。


 そして、その後聖愛さんにイジリ倒されたのは言うまでもない。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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