第一話 元義妹の生まれた日
朝、目が覚めて時計を見ると7時30分。
今日から高校2年生の新学期だというのに、時計を見て絶望した。
「寝坊だ」
俺、春日井颯太は朝起きることが何より苦手だ。
この半年間は一度も寝坊をすることなく皆勤賞だったのに。
「あーそっか⋯⋯あいつはもういないのか」
俺が寝坊したのには理由がある。
高校1年生の夏休み、俺に妹ができた。
突如父親が再婚を決めたと紹介してきた義母には子供がいて、名前は古賀桜。
恋愛に疎い俺でも、とても美人でたいそうモテるという話は聞いたことがあるくらいの有名人。
ただ、超がつく程の男嫌いでも有名で、そんな古賀にクラスメイトも果敢に告白した。そして、
『お願いです、あなたとこれ以上会話していると寒気が止まらないので早々に立ち去っていただけますか?答えはもちろんノーです』
と、キツイ返しをいただき3日学校を休んでいた。
そんな彼女との同居だ。
当然のごとく極寒の同居生活を送り、話しかけても目線は常に床か天井に向けられる。
「お願いだから話かけないでください、目線をこちらに向けないでください。汚い」そんな言葉が聞こえてきそうな、超絶塩対応をかまされた。
だが、そんな生活も長くは続かない。
高校二年生に上がる直前の春休み、唐突に離婚を決めたと告げられた。
お互いフリーライターとカメラマンをしていたので、全国を飛び回り、家族が揃ったことも片手で収まる程度。
特に驚きもしなかったな。
そんな形で同居生活は半年で幕を閉じ、また元の生活が戻ってきた。
「ここ最近はあいつが起こしてくれてたから油断した」
起こしてくれたと言っても、30分以上早く家を出る古賀が、登校をする際にドアを何回か叩いてから家を出てくれていた。
甘えてたなとは思うけど、新学期早々に寝坊するとは思わなかったな。完全に油断していた。
「てか本当にまずい、朝飯食べる時間は……無いな」
いつも古賀が用意してくれていた食事はもうない。
半年間あった食事がなくなるのはちょっときついな。
「とはいえあいつと一緒に食事したのなんて片手で収まる程度だけど」
自虐的な独り言をつぶやきながら、制服に身を包み、寝ぐせのついた髪を整える。
友人に馬鹿にされない程度には身なりを整えて、駆け足で家を出る。
「いってきまーす」
誰もいない空間に挨拶をして、返答が無いのもいつものことだ。
まだまだ肌寒い春の風を浴びながら、静かにマンションのドアを閉じる。
俺の通う高校は、自宅から歩いて20分程の中堅進学校。
今日は遅刻ギリギリということで駆け足で向かうと、校門の前に一人の女性が立っていた。
「おい春日井、新学期から遅刻ギリギリとはなかなか勇気があるな」
そう声をかけてきた女性は1年生の時の担任だった千葉香織。
ちなみに2年生から文系クラスに進んだ俺の担任であることも確定している。
プロフィールは32歳独身、絶賛婚活中。以上。
黙っていれば美人なのだが、男勝りな性格と酒好きが婚期を遅らせていることはこの1年で察した。
「時計見てください。5分前はセーフです」
「まあ今日は大目に見てやるが、古賀は起こしてくれなかったのか?」
遅刻ギリギリのこのタイミングで説明をするのも面倒だったので、しれっとした顔で流した。
校内で古賀との関係性に関しては特に隠さずオープンにしていたため、また説明をしないといけないと思うと、考えただけで疲れを感じる。
そんな思いを抱えながら2年生の教室のある3階に駆け上がり、教室のドアに手をかける。
「おはよう」
教室に入ると新学期特有の浮足立った雰囲気の中、各々が朝のホームルームに備えて着席を始めた頃合いだった。
「新学期から余裕だな」
「そうちゃんどうしたのー?遅刻ギリギリなんて珍しいね」
そう声をかけてきたのが、友人の桐野江樹と幼馴染の雨宮千歳である。
「今日は妹ちゃんは起こしてくれなかったのか?」
にやけた顔で聞いてくる樹は妹ネタで俺をからかうのが大好物だ。
「残念ながら、俺に妹はいないんだな」
「えっなになに、そうちゃんどういうこと?」
ぐいっと小さな背を伸ばして顔を近付けてくる。
小動物的な動きと、幼くも可愛らしい顔立ち、いちいち距離の近い千歳は数々の男子を勘違いさせては惚れさせ「ごめんね、そんなつもりじゃ無かったの」と悪気無く切り捨てる。
魔性のチワワと呼ばれていることを本人は知らない。
「近い」
「どうしたのそうちゃん、古賀さんと喧嘩でもしたの?」
「古賀と俺が喧嘩する以前の問題だってこと、お前らも知ってるだろ」
まあそれでも、誕生日が自分の方が早かったこともあり最初は気を遣って声をかけていた。
その結果、塩対応を続けられて俺の心も完全に折れた。
関係性としては、この半年で同級生から知人にステップアップした程度かな。
「お前嫌われてるもんな。安心しろ、俺はお前を愛してるぜ!」
「はいはい」
樹は簡単に説明すると、イケメンで1年生の頃からサッカー部のレギュラーというチートキャラである。
爆発して欲しい。
それを鼻にかけないところが樹の良いところだけど。
「まあ嫌われてることは事実だけど、お前からの愛はお断りだ」
「ツンデレだなあ」
「正しくはツンツンだな」
そんな風に軽口を叩いていると担任の香織が教室に近付いてくる。
「おーいホームルーム始めるぞ」
教室には廊下側にいくつか窓が付いており、窓越しに教室内に呼びかける。
「また後で聞かせろよ?」
「そうちゃん後でね」
二人は自席に着いた。
「ん?古賀どうした早く戻れ。お前は教室が違うだろ」
「失礼しました。教室に戻ります」
廊下を見ると古賀が教室の前に立っていた。
そして何事も無かったかのように、古賀は自分の教室に向けて歩き出す。
朝から何をしてたんだあいつ。
「今日も古賀さんはかわいいねえ」
もちろん容姿だけを見れば群を抜いてかわいい。
ただ、古賀の冷めきった態度を浴び続けた俺には、いまさら何の感情も湧かないというのが本音だ。
「ホームルーム始めるぞー」
教室に入ってきた香織が声をかけたことで俺も着席し、古賀のことも頭から消えていた。
「よーし今日からこのクラスの担任になる千葉だ。国語の授業で受け持った生徒もいるが、半分近くがはじめましてだな」
「今年もよろしくね、かおりん」
「雨宮、次に私をかおりんと呼んだら、お前だけ課題を倍にする」
「かおりんが虐めてくるそうちゃん助けて」
斜め前に座っていた千歳がキラーパスを投げてきた。
「先生、こいつはその程度じゃ調教できないので、3倍にしてください」
「おお、春日井にしては良い提案じゃないか」
「そうちゃんが裏切った!」
ジト目で千歳がこちらを見ているが気にしない。
天然ぶりっ子キャラに見えなくも無いけど、男女共に分け隔て無く接するため、両性に好かれているのが千歳のすごいところだ。
「ほら二人とも静かにしろ。この後全校朝会が30分後にあるから、15分後には廊下に出ていろよ」
はーい、と声を揃えて返事をしたところで、香織の自己紹介と簡易的なホームルームが終わった。
「それでさっきのはどういうことなんだよ?」
後ろの席の樹が声をかけてくる
「どうって言われてもそのままの意味だ。古賀と俺はもう他人だ」
「お前ら何があった。ついに古賀さんに家を追い出されたか?」
いつの間にか千歳も近くに寄ってきている。
「なんでそうなるんだよ。単純に親が離婚して関係が無くなっただけだ」
「えー!?」
千歳が大きな声を上げる。
「そうちゃんと古賀さん兄妹じゃなくなったの!?」
「ばか!声が大きい」
別に隠すつもりも無いが、新学期早々に恥ずかしい。
あの古賀桜と兄妹であるということは有名な話なので、周りからの視線を感じる。
「お前は拡声器か、このスピーカー女が」
千歳に向けて声を上げると、なぜか千歳が悲しそうにしていることに気付く。
「おい、どうしんたんだよ」
「だって、そうちゃんに家族ができて嬉しかったのに」
千歳とは小学生からの付き合いだが、幼いころに母親を亡くした俺が寂しい思いをしている姿を見て、いつも傍にいてくれた。
「そんな顔するなって、もう慣れっこだよ。むしろ一人になれていまはスッキリしているくらいだ」
「本当に?」
「本当だ。だからそんな顔をするな」
千歳はうっすらと涙を浮かべている。
これほどまでに心配してくれる幼馴染を俺は心の底から大切に思っている。
「そうちゃんがそう言うなら⋯⋯そうだ、今日の晩御飯のおかず届けに行くよ!」
「ありがとう。今日は甘えようかな」
千歳の申し出を快諾する。
「おいおい、朝から俺を放ってイチャつくなよ、妬けるだろ」
「樹君も来る?」
千歳は何の気なしに樹を誘う。
「ありがたいお誘いだけど今日は部活の後に用事があってさ。またお誘い待ってるよ」
「えー残念だなあ」
樹は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「女か?」
「まあそんなところ」
めちゃくちゃモテる癖に基本的にいいやつなので樹を嫌う者は少ない。
「じゃあそうちゃんがバイト終わったら連絡待ってる!」
「わかったよ」
笑顔で千歳に返す。
「おーいそろそろ外に出ろよ」
三人で話をしていると香織が生徒に呼びかけた。
もうそんな時間かと立ち上がると、なぜかまた教室の外に立ち尽くす古賀と目が合う。
「おい、何をしているんだ?」
反射的に俺は古賀に声をかけていた。
「いえ、何でも無いです。このクラスの友人に用事があったのですが、もう時間のようですね」
一瞬怯んだ表情を見せたがすぐに持ち直し、家では見せたことの無いような笑顔で返してきた。
「そうちゃんどうしたのー?」
そう言って後ろから千歳が俺の腕に抱き着いてくる。
「ちっ」
今のは何だ?あー古賀の舌打ちか。
えっ怖い。礼儀正しい優等生キャラのはずが、眉間にシワを寄せ、非常にガラの悪い顔付きになってますよ古賀さん。
「じゃっじゃあな」
「……なんなのよ」
後ろから声が聞こえたような気がしたが、振り返ること無く集会のある体育館に向けて駆け出した。
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