第十六話 元義妹からのお願い
「今日はありがとう」
「⋯⋯はい」
せっかく作ってくれたクッキーは残すわけにもいかず、一緒に出してくれた紅茶と共に流し込んだ。
申し訳無いけど、正直味はわからん。
古賀の体の感触を思い出してしまって、鳴り止まぬ心臓を落ち着かせるのに必死だった。
「少し、お願い⋯⋯というかわがままを言っても良いですか?」
帰り際に俯きながら、古賀は突然呟く。
「どうした?ちょうどご飯のお礼もしたいと思ってたし、好きなものとかがあれば何でも言ってよ」
千歳は甘い物をあげたら喜ぶから、お菓子とかかな?いやいや、千歳基準で考えたら失礼か。
そんなことを考えていると、古賀は首を左右に振る。
「違うんです、何か欲しいとかじゃないんです」
なんだろう?
「⋯⋯桜って呼んで欲しいです」
若干、瞳を潤ませて必死に上目遣いで伝える姿は、子犬を連想させる。
千歳も犬っぽいけど、古賀の上目遣いの威力は、軽いノリの千歳とはちょっと違う。
「今更変えるのもな⋯⋯古賀じゃ駄目かな?」
「嫌⋯⋯なんですか?雨宮さんは名前で呼ぶのに」
いやいや顔が近いです桜さん。
そしてなんでいま千歳の名前が出てくるんだ、顔が怖いですよ。
「わかったよ⋯⋯桜」
照れ臭いが、当の本人は俯いて何も言わなくなってしまった。
「あのさ」
「ちょっと黙っててもらってもいいですか!?」
突然の逆ギレに驚いたが、顔を上げた桜の顔は、沸騰しそうな程に赤らんでいる。
「これだけでいいのか?」
平静を装ってはいるが、さすがにこのやり取りは心臓に悪い。
「実はもう一つだけ」
ゆっくりと、顔は俯いたままに絞り出す。
「引っ越したばかりで調理器具とかが揃っていないものがあって、一人で買いに行っても荷物が重くて辛いし⋯⋯手伝ってくれないかなって⋯⋯別に一緒に出掛けたいわけでは無いんですけど⋯⋯いやそれは嘘ですお出掛けしたいです⋯⋯」
後半は何か小さく言っていたような気がするが、聞こえにくい。
「明日だったら、夕方からバイトはあるけど、それまでなら予定無いから、どうかな?」
明日は休みだし、ここ数日と半年間の食事のお礼も兼ねてと思い、即答で返した。
ただ、意外そうに驚きの表情をこちらに向けている。
「本当に良いんですか?私とお出掛けしてくれるんですか?」
「もちろん。これまでのお礼も含めて付き合わせてくれたら嬉しいな」
自分でもちょっと格好付けたなという自覚はあるけど、こういうのは照れたら負けだ。
平静を保って、あくまでも冷静に伝える。
「明日で大丈夫そう?」
「大丈夫です!あの⋯⋯大丈夫です!」
なんで2回言った?
「じゃあ調理器具とか何でも揃ってるところだと、隣駅の店を色々と見てみるか?」
ブンブンと大きく首を縦に振っているので良いということだろう。
「バイトがあるから時間もあまり無いし、昼前に迎えに来るけど大丈夫?」
「時間は大丈夫なんですけど、できたら待ち合わせしたいです」
なんでわざわざ待ち合わせ?お互いの家は歩いて10分も離れて無いのに。
「いいから、待ち合わせしたいんです!その方が⋯⋯デートみたいだし」
「えーっと、それじゃあ現地で集合しようか」
またブンブンと首を縦に振っているので、これも良いということだろう。
ツンツンしていた時が懐かしいくらいに甘すぎて、脳が溶かされる。
「そしたら昼ご飯も外で食べようか。何でも好きなところ行こう。それが俺からの今までのお礼ってことで」
「えっと、悪いですよ、そんなに気を遣わなくても⋯⋯」
「気にしないでいいよ、何もお礼が出来て無いから、若干罪悪感を感じていたし」
俺が手料理を作ったとしても、お返しどころか不快な気持ちにしかねない。
「だから気にしないで?」
そう念押しするとコクりと頷いた。
「⋯⋯それって本当にデートみたいじゃないですか」
小声な割にしっかり聞こえてるけど、ここは鈍感主人公ばりのスルースキルを発揮しよう。
ここまでの虚勢で俺の心臓はもう限界なんです。
「じゃあ、今日はありがとう。クッキー本当においしかったよ」
ごめんなさい、緊張して味わからなかったです。なんて伝えられるわけが無い。
「あっあの!お土産です」
そう言って差し出してきたラッピングされた包みにはパウンドケーキが入っていた。
「あの、一人じゃ食べきれなくて」
「⋯⋯ありがとう」
絶対に夜遅くまで用意してくれたんだろうな。
多分、千歳の家でご飯食べた後にケーキとクッキーは重いから、わざわざ小分けにしてくれたんだろうな。
なんて、思い上がりかもしれないけど、勝手に気遣いを感じてしまって、胸がさらに熱くなる。
「いえいえ⋯⋯じゃあまた明日」
そう言って、手を振り送り出してくれる。
ちょっと言葉が出なかった。
あれ?夏かな?と思うほど外は暑く、汗が噴き出す。
まだ四月の夜風が肌寒い時期に、吹き出す汗を誤魔化すようにして、全力で自宅までの道を走り抜けた。
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