第十五話 元義妹のお宅訪問
「そうちゃんまたねー!」
夕飯を終えた後、千歳の両親が帰宅する前に出ることにした。
からかわれるのは面倒だからな。
「そういえば古賀には悪いことをしたな」
連絡はしたが、千歳の圧力に負けてドタキャンをしてしまったことを思い返して、おもむろにメッセージアプリを開く。
『今日はごめんな。明日はバイトがあるから、また来週埋め合わせさせて欲しい』
すぐに既読が付いた。
『気にしてない』
『そうは言っても献立とか考えてくれてただろ?』
『思う存分雨宮さんとイチャイチャしてたらいいじゃないですか』
イチャイチャって文字にされると気恥ずかしいな。
『今何してるんですか?』
立て続けにメッセージが届いた。
『千歳の家から帰るところだよ』
『私の家に来てくれませんか?』
一瞬なんて返せば良いかわからなかった。
千歳が余計なことを言うからだ。
『良いけど、どうした?』
『いいから来てください。来てくれたら今日のことは許します』
有無を言わせぬ文面に『今から向かうよ』とだけ返して古賀の家まで早足に向かった。
「女の子の家を1日に2件訪問するなんてモテモテですね」
ドアを開けると仁王立ちの古賀さんにお出迎えされました。
「いや、だからごめんな」
なぜ俺がこんな罪悪感に苛まれなければならないのか。でも有無を言わせぬ気迫に即謝罪の言葉を発してしまった自分の弱さが情けない。
「それで用事って?」
「えっと⋯⋯入ってください」
いいのか?と聞くと、こくんと頷くので中に入らせてもらった。
古賀の家は家財道具もそこまで揃っておらず、生活感は薄い。
ただ、手招きされて入った部屋はいかにも女の子の部屋という感じで、千歳の部屋には何度も入ったことはあるのに、なぜか緊張をしてしまう。
ちなみに、同居している時は一回も古賀の部屋に入ったことは無い。
「座っててください」
床のクッションを指さすとそそくさとリビングに向けて消えてしまったので、手持ち無沙汰になって周囲を見渡す。
白を基調にした部屋に数体の犬のぬいぐるみが置かれていて、お気に入りなのか、枕元にも大きな犬のぬいぐるみが置かれている。古賀って意外と可愛い趣味があるんだな。
「何ですか人の部屋をジロジロ見回して。不愛想なくせに女の子っぽい部屋だなとか思ってるんですか!?」
心を見透かしたように、ドアの前に立っていた古賀は赤面してながら俺に向かって叫ぶ。
「いや、可愛い部屋だし、古賀のこういう一面って新鮮でいいなって思ってたけど」
「えっそっそうですか」
より一層顔を赤らめてしまう古賀は、俯いて何も言わなくなってしまった。
「あのさ、それで今日はどうしたの?」
話題を変えるために自分から話を振ると、机の上にクッキーの並んだ皿が置かれた。
「⋯⋯今日の夕食後に食べてもらおうと思って焼いていたので、味の感想が聞きたくて」
「そこまで用意してくれてたのか⋯⋯本当にごめんな。でも大変じゃないか?」
今週もずっと夕食を作ってくれていたから、帰ってから準備するのはとても大変だっただろう。
「大変とか無いです。颯太くんが喜んでくれるなら」
「⋯⋯ありがとう」
それは反則だ。一瞬言葉に詰まって、ありがとうしか言えなくなっちゃうじゃないか。
この空気はまずい。方向転換しなければ。
「でもさ、家に来てだなんてビックリしたよ」
軽いノリで伝えたつもりなのだが、古賀は今気付いたのか指摘されて恥ずかしさがこみ上げてきたのか、顔を真っ赤にして部屋の隅まで後ずさる。
「そっ颯太くんは半年間一緒に住んでて何もなかったし⋯⋯信用してます」
「たしかに、いまさらそんなこと言ってもな。安心しろ、指一本触れないから」
そう言った途端今度は至近距離までグイッと寄ってくる。
「⋯⋯触れないんですか?」
そう言ってくる古賀の姿は、いまさらながら無防備過ぎる。
部屋着なのか、ショートパンツから覗く足はほっそりとしているが、適度な肉付きが健康的な印象を与えてきて、オーバーサイズのTシャツの胸元から見えるふくらみに視線を奪われる。
「⋯⋯気になる?」
胸を凝視しているの気付かれてたー。
顔を真っ赤にしてそんなこと聞かないでください。一応男なんだぞ俺は。
「あの⋯⋯古賀さん?いくら俺のことを信頼してくれているとしても、男性が苦手では無かったのでしょうか!?」
いま思い出しました!とばかりに一瞬たじろいだが、持ち直してさらに前進して覆いかぶさるような体制になる。
「言ったでしょ。颯太くんは安心してるし触られても嫌じゃなかったの。だから⋯⋯いいよ?」
そう言って俯きながらも微笑を浮かべる姿は、あまりに健気で可愛らしかった。
ただ、その体は震えていて、笑みを浮かべた瞳は潤んでいる。
俺の理性よ、しっかり機能してくれよ。
一度深呼吸して肩を抱いて遠ざける。
「えっ」
顔をこちらに向けて、目には悲しみの色が浮かんでいる。
「いや、違うんだ。前にさ、男の人が嫌いになった理由を話してくれただろ?」
「うん」
「古賀は自分の意思で男性から離れて生きるって選択をしたにも関わらず、俺はそれを引き留めた。なんか悲しかったんだよ、みんながそうじゃないって、少なくとも俺は違うってわかってもらいたかった。俺のエゴだな」
何も言わずに話を聞いてくれる。
「でもさ、最近一緒に過ごして、古賀はたくさん本心をぶつけてくれた。だからさ、今は信頼を裏切るような奴にはなりたくないと思ってる」
そして目を見て。
「だから、古賀のペースに合わせるから。もう俺たちはすれ違っていないだろ?」
古賀の瞳に涙が溜まり、流れる。
「私、自分がわからなくて……男性を好きになるってこんなに苦しいって知らなくって……雨宮さんといつも触れ合ってるのを見て⋯⋯胸が苦しくって」
「いや、ほんと赤ちゃんの頃からの幼馴染だからな、あいつは」
「ごめんなさい⋯⋯でも、今だけはぎゅってしてくれませんか」
無意識だった。
一度は離した体を抱き寄せて、壊れないように、優しく抱きしめる。
古賀の震えはいつの間にか止まっていた。
お互いの体温を感じながら、お互いの心臓の鼓動を感じながら、そうして半年間のすれ違った思いを嚙み合わせていく。
「⋯⋯手出さないって言ったのに」
「じっ自分でしてって言ったんだろ!」
「このままキスでもしますか?」
からかうような声色に、極めて真面目な口調で返す。
「本当にするぞ?」
「⋯⋯ごめんなさい」
少しだけ、抱きしめる手に力を込める。
古賀のトラウマは根深い。
俺が同じ経験をしていたらと思うと、胸が締め付けられる。
だからこの子がせめて忘れることができなくとも、記憶を上書きできるように、俺は傍に居よう。
そうして俺は、さらに力を込めて抱きしめた。
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