第九話 俺の元義妹が可愛すぎる件について
昨晩の決意から一夜明けた朝、俺はいつもより1時間も早く登校していた。
どこの教室にも生徒の姿は無い。
ただ、やはりと言って良いのか俺の机の横には弁当箱がぶら下がっていた。
替えの弁当箱が無かったのか、今日は簡素なタッパーの中にかつ丼が入っている。
「あいつは何時に登校してるんだ…」
呆れと恐怖の入り混じった独り言を漏らすと、足早に目的地へと向かう。
古賀の教室に着くと、ぽつんと席に座って文庫本を広げる古賀の姿があった。
声をかけるのも久しぶりのことなので緊張はするが、深呼吸して教室に踏み込む。
「おはよう」
「あっ、おはようございます!?」
クラスメイトに声を掛けられたと勘違いしたのか、最初は平然としていたが俺の顔を見て声が裏返る。
「えっあっなんで、ここはあなたのクラスじゃないですよ」
完全に俯いて小声で言う古賀は不器用なしらばっくれ方をしているが、上から見える耳は真っ赤に染まっている。
「あーうん、弁当箱返しに来た」
あくまで冷静に、こちらの緊張が伝わらないように伝える。
「なんで…家の前に置いておいてくださいって言いましたよね…?」
「いや、なんかせっかく作ってもらってるのにそれも申し訳なくてな」
明らかに同様している古賀は一向にこちらを見ようともしない。
このままでは埒が明かないと思い、早々に核心を突くことにした。
「でもなんでここまでしてくれるんだ?古賀ってたぶん俺のこと避けてたよな?家でも無視されてばっかだったし」
そう伝えた瞬間勢いよく古賀が顔を上げたので、その勢いに思わず後ずさる。
そして拙くはあるが、少しづつ桜は話し出す。
「避けて…ないです…家に男性がいると思うと…緊張してしまって…」
そう声を発する桜の姿はいつもの冷静沈着なイメージからは真逆に位置するもので、不覚にも胸が高鳴る。
「あの…ご飯ちゃんと食べてるか心配で…ちょっと目を離すとカップラーメンとか食べてたから…」
善意からの行動だったのかと少し安心したが、まだ本当に聞きたいことは解決していなかった。
「そうだったんだ、ありがとな。でもさ、あー答えにくかったら良いんだけど、昨日の手紙とのことで…もしかしてどこかで見てた?」
ハッと何かに気付いたかのように目を見開いて口元を両手で押さえる。
もしかしてこの子バレると思って無かったか?それなら天然過ぎません?なんて頭の中で考えがめぐっている内に、今度は伏し目がちに古賀が口を開く。
「ごめんなさい…気持ち悪いよね…でも見ているつもりは無くて、いつの間にか目で追っちゃってて…昨日も本当にたまたま…通りがかった時にバイト先にいるのが見えて、見ている内に…女の子とイチャイチャしてるから…我慢できなくて」
待て待て待て待て、何このかわいい生き物は。
持ってるイメージとかけ離れすぎて、もしかしたら二重人格なのかと疑いたくなる、変わりようだ。
まずここまで会話が続いたことが無いため、桜に影響され颯太にも緊張が伝染する。
美少女が顔を赤らめながら素直な思いを吐露しているというこのシチュエーションが俺の胸の鼓動をさらに早めた。
「そっそうか、でっでも普通に声かけてくれたらいいのに」
平静を装って返すが、どうしても声が上ずってしまう。
その言葉に対して、やはり伏し目がちに言葉を発する。
「むっ無理…です。本当は仲良くなりたかったけど…緊張して声が…出ません」
無理だ、これ以上このかわいい生き物と話していると心臓が爆発して絶命してしまう。
「あーまあ今度からは普通に声かけてくれよ」
そう言ってそそくさとその場を後にしようと振り返る。
「まって!」
俺がその場を後にしようとすると、突然大きな声を発した桜に袖の端を掴まれる。
「あのっそのっ…連絡先、交換しませんか。食べたいもの…言ってくれたら作るし…」
そうしてスマートフォンを祈るように掲げる。
「そこまで気を遣わなくてもいいのに」
「いいから!」
鬼気迫る表情で見上げてくる古賀の目は血走っていた。
勢いに押されておずおずとスマートフォンを取り出してメッセージアプリを起動する。
そして連絡先の交換が完了すると、古賀は嬉しそうに携帯を握りしめた。
その笑顔は、ただただかわいい女の子のもので…
「…かわいいな」
たぶん俺も熱に浮かされていたのだろう。そんな浮ついたセリフが口から出てきたことに自分でも驚く。
多少の気まずさを覚えながら古賀の方を見ると、目を見開いてこちらを見ていた。
「いっいや、今のはあれだ、なんだかいつもと違うから古賀も女の子だったんだなーと思ってな」
冗談交じりにそう返すと、冷たい視線と共にきついお言葉を頂けるのを期待して視線を返す。
「……わたしだっておんなのこだもん」
「ん?」
今度は本当に小声で何か言っているが、全く聞こえなかった。
耳まで真っ赤にして言葉を返す様子を見ていると、何か恥ずかしいことを言って自爆したのだろう。
頭から湯気が出そうな古賀を頭上から見ていると、また強く頭を上げて、今度は力強く声を発する。
「私だって女の子だもん!なんでそういうこと言うの!颯太くんにはそういうこと言われたくなかった!いっつも見てるのに全然気づいてくれないし、こんなの私がストーカーみたいじゃない!」
いや、ストーカーって自覚無かったんかい!と突っ込みそうになる気持ちをぐっと堪える。
そんなことよりも気になるセリフがあった。
「いま、俺のこと颯太君って…」
そう、今まで同居していても、義妹という関係性があっても頑なに春日井君と呼んでいたのに、名前を絶叫したのだ。
「へっあっ、ひっ」
「ひ?」
自分でも言われて気付いたのか、口元がわなわなと震え出して何か悲鳴じみた声が漏れ出て…
「いやああああああああああああ」
絶叫した桜は勢い良く駆け出し、すぐにその姿は見えなくなる。
つかの間の出来事に、颯太は呆然とその背中を見送ることしかできなかった。
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