浪漫の第一歩。
ある仕事帰り、僕は交差点で信号を待っていた。
「はぁ、今日も疲れたな……。早く家に帰ってゲームやって寝たい……」
僕は腕時計を見ながらため息を吐いた。
時刻は十八時を回っている。僕が働く会社はホワイト企業で、原則残業は禁止なので毎日定時で帰ることができる。
特に理由もなく振り返ると、そこには二十代くらいの女性が歩いていた。
僕は、どうもその女性が気になって仕方がなかった。
何せ、身体はやせ細っているし、瞳には光が宿っていなかったのだ。
家が貧乏なのか、それとも不幸な出来事があったのか……。何にせよ、深く介入するのはマズイと思った。
気がつけば、信号は青に変わっていた。
僕は女性から目を離して早歩きで渡ろうとして……。
「……せめて事情くらいは聞いてもいいかな」
小さい頃からおじいちゃんに、「困っている人に手を差し伸べることは大事だ。手を差し伸べられた相手は明日を見ることが出来る」と言われてきた。
このまま家に帰るよりはよっぽど良い。
「あの、大丈夫ですか?」
僕がそう言うと、女性は前髪で目を隠しながらこくりと頷いた。
しばらくの沈黙のあと、女性は小声で言った。
「……私、毎日が憂鬱なんです」
「憂鬱、ですか……」
女性は乾いた笑みを浮かべる。
「平日は憂鬱な仕事をして、休日はやることがないからずっと寝ています」
「……自分から挑戦してみたらいいじゃないですか」
「金もなく今を生きるのに精一杯な私にそれを言いますか」
「ご、ごめんなさい……」
僕は頬をかいて謝罪した。女性は構わず話を続ける。
「ですから私、考えたんです。こうすればいいって!」
女性は横断歩道の前に立つ。信号は赤。何をするのだろう。
「いきます!」
「おい、何してる!」
女性は僕を見ると、花が咲くような笑みで走っていく。
僕は女性に手を掴もうと走る。……けど間に合わなかった。
女性は左から来た車に轢かれて地面に転がった。
後に、その女性は僕と同じ会社の部署で、それも元気に振る舞っていた結子だと知った。
結子は苦しかったのだろう。誰にも相談せずに一人で抱え込んで死んでしまった。
……けれど、一つだけ疑問に思うことがある。
結子は本当に自殺をしたかったのだろうか?
だって、横断歩道を走る結子の瞳はあまりにも……あまりにも、キラキラと星のように輝いていたのだ。