富士沢ドライビングスクール - Part 1
明けて翌日。
学生である泉さんの帰宅を待ってからのレッスン開始となった。
レースシム部屋――泉さんはなぜかこの部屋のことを『レースルーム』という名前で呼ぶ――にて、まずはコクピットには座らず講義から始める。
部屋にはコクピット以外に座れる椅子はひとつしかなかったため、私は自室から椅子を取ってきた。机を挟んで座り、中央にノートを広げる。
「昨日少し言った通り、本日はライン取りを勉強しましょう」
「はい、先生!」
「『先生』はやめてくださいよ……」
「わかりました、先生!」
「もう……」
そう言いながらも、決して悪い気はしない。『先生』と慕われるのは少しくすぐったいが、いい気分だった。教え子が素直でかわいらしいなら、なおさら。
思わず緩みがちになる頬を引き締めながら私は話を進める。
「昨日の走りを拝見したところ、基本は身に付いています。応用を学んでいきましょう」
サーキット走行時のライン取りとは、コースのどこを走るかということを指している。
百八十度のコーナーを曲がることを考えた際に、最も走行距離が短く済むのは常にコーナーの内側に沿って走るやり方だ。しかしこの走行ラインでは曲率がきつくなり、速度を落とさないと曲がり切れない。
反対に常にコーナーの外側に沿って走れば、最も曲率が緩くなり速度を稼げるのだが、それでは走行距離が長くなりタイムロスとなる。
そこで両方のいいとこ取り、あるいは妥協案を採用する必要がある。
コーナーに進入するまでは外側、コーナーの中心で内側に寄り、コーナー脱出時に再び外側に車を寄せるというライン。
これが速度をそこそこに保てて走行距離もまあまあ短い、『アウト・イン・アウト』と呼ばれる基本的な走行ラインだ。
「コース幅をいっぱいに使った『アウト・イン・アウト』は全てのコーナーで出来ていました。それ自体は素晴らしいことですが、『アウト・イン・アウト』はいつでも最適な選択肢というわけではないのです」
いつの間に取り出したのか、自分のメモ帳に熱心に私の言葉を書きつけている泉さんに話し続ける。
「いわゆる『立ち上がり重視のライン』なんかがそうです。コーナーの次に長い直線がある場合は、コーナリング速度を犠牲にしてでも早く車の向きを変えて、その後の直線を速く走ろうとします」
「なるほど……そうなんですね……すごい……!」
ノートに簡単な図を書きながら説明をしていく。
我々レーシングドライバーにとっては耳にタコが出来るほど聞いた話でも、泉さんは目を輝かせて感心してくれる。
これは何と言うか……癖になりそうだ。気分を良くした私はさらに専門的な領域へと踏み込んだ。
「他にも、例えば鈴鹿の最終コーナーなんかは、立ち上がりでアウトに行かないラインが最近では流行っていますね」
「『アウト・イン・イン』ということでしょうか?」
「その通りです。そんなにきついコーナーでもないので、走る距離を短くする方がメリットがあるんです。ただ、予選中など使いどころは限られてますけどね」
鈴鹿サーキットのスタート/フィニッシュラインは最終コーナーに近めのため、最終コーナーをアウト・イン・インのラインで走ると、走行距離が少し減る分だけ確かにその周のタイムは縮まる。
しかしレースを走っていればその次の周も走らなければならないわけで、その場合走る距離が短いメリットよりも、きつい曲がり方をしたせいで速度が伸びないデメリットの方が大きくなる。
ゆえにこのラインは次の周を走る意味が薄い予選でもなければその真価は発揮できない。
「全く知りませんでした……そんな走り方があるなんて……やはりプロのドライバーの方は違いますね。流石としか言いようがありません」
「いえ、そんな……」
私が何かを言うと、泉さんがそれに感服する。そんなことが続きながら、私は走行ラインについて予定していた分の講義を終えた。
「……こんなところですね。それでは、さっそく実践してみましょう」
「はい! コースは昨日と同じ、鈴鹿でよろしいですか?」
「ええ」
泉さんはコクピットへ座り、私はその傍へと立つ。
まず泉さんの走りを見て、講義の内容をきちんと実行に移せているかをチェックし、できていないようだったら私がお手本を見せる。
しかし結果として、その必要はなかった。