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シェイクダウン - Part 2

「こちらへどうぞ」



 泉さんに勧められるがままにシミュレーターの機材のひとつに座る。

 シートは実車用の腰と肩の部分が張り出したフルバケット型のシートで、おそらく泉さんの体格に合わせて用意されたそれは、そこまで背格好の違わない私の体にもよくフィットした。



「まずは試しに走ってみて頂けますか? それからご自身の経験に照らし合わせてご感想をお願いします」



 シートに収まった私を固定するシートベルトを締めながら泉さんが言う。レース用の六点式ベルト。

 実際の車とは違い前後左右に振られることもないシミュレーターでは不要なはずのものだが、ずいぶんと用意がいい。これもとりあえずつけてみた、というものなのだろうか。



「ソフトの設定は私がやりましょう」



 一方で南山さんが機材の横に備え付けてあるキーボードとマウスを操作しソフトの設定を始める。画面が目まぐるしく移り変わってゆく。



「ベルトはできました」

「こちらも完了致しました」

「それでは富士沢様、どうぞ!」



 泉さんに促されるまま私がステアリングを握るのと同時に、南山さんがキーボードのどこかのキーを叩く。すると、画面に見慣れた風景が映る。


 フォーミュラカー……慣れ親しんだF4のコクピット。その先にはピットレーンと本コースを遮るピットウォールがあり、さらにその向こうにはメインスタンドの観客席。

 実際のサーキットで車に乗り込んだときの景色がそこにはあった。



「鈴鹿だ……」

「流石、一目で気付かれるのですね」

「ええ……」



 鈴鹿サーキットのピットから、まさにピットロードへと出ようとする際に見える景色。つい昨日、実際に目にしたものだけにその再現性には少なからず感心させられた。

 

 アクセルペダルを軽く踏んでみる。

唸るエンジン音がスピーカーから出るのは当然として、回転数が上がるのと同時にシミュレーターの機材全体が揺れたのには驚いた。何か振動を発生する装置でもついているらしい。


 クラッチペダルを踏み込み、ステアリング裏のパドルを引いてギアを一速に。

 今度はクラッチペダルをゆっくり離していく。するとほとんど実車と同じように車全体がわずかに揺れた後、車は動き出した。

 ステアリングを右に切ってコースへと出ていく。


 以前に試したものよりかはいくぶん現実に近い気がする。

 アクセルを踏み込んだときのスピードの伸び。

 ブレーキング時にときどき顔を見せる不安定さ。

 コーナーに進入する際の鼻先の入り方。

 乗用車とは明らかに違う重いステアリングの手応え。

 そのどれもが多少の違和感を伴いつつも馴染みの現象として現れてくる。



「これは、なかなか……」

「でしょう!? なにしろこのコクピット……もとい機材はどれも最高級のものを揃えましたもの。実物の感覚ととても似通っているとは思いませんか?」

「え、ええ……」



 泉さんに吐息がかかりそうな程に顔を近付けられてどぎまぎしながらも、少しづつペースを上げていく。

 連続S字コーナーはリズミカルに。

 デグナーカーブは度胸一発、一気に飛び込む。

 ヘアピンカーブは丁寧に立ち上がり、スプーンカーブはラインを外さず。


 ふと気が付くと、前方に一台の車両が見えた。

 そのスピードは明らかに全速力ではなく、走るラインもタイムを出すためのレコードラインを外れている。

 追い抜くと待っていたかのように速度を上げてついてくる。一体なんだ?

 そこで泉さんがいつの間にか私の傍から離れて、空いていたコクピットに座りステアリングを握っていることに初めて気が付いた。


 泉さんの目前の画面には、私が乗っている車のテールが映っている。

 とすると、この後ろの車は泉さんが動かしているのか。それならば、ここはひとついいところを見せておきたい。


 ペースをさらに一段階上げる。ブレーキは数メートル遅くし、コースの幅をより広く使ってコーナリングをする。レース中、前を走る相手に追いつこうとプッシュするイメージだ。相応の集中力は必要だが、全速力というほどでもない。


 泉さんはそのペースについてくる。ぴったりとくっついてこれているわけではないものの、一周を終えてゼロコンマ一秒程度の遅れに留めるそのスピードは大したものだ。


 ちらと泉さんの方を窺うと、泉さんもこちらを見ていた。

 視線が絡み合うと、にこりと微笑んでくれる。



「さすがプロ、お速いですね」

「泉さんも、速いですよ。次は前に出てみますか?」

「ええ」



 泉さんの走りが想像を超えていたことで、私にあるアイディアがひらめいた。

 そのアイディアが実現可能かどうかを精査するべく、今度は泉さんの走りを後ろから見てみたくなった。

 

 ヘアピンカーブで必要以上に大きく速度を落とし大回りで曲がると、空いた内側のスペースに後ろから泉さんの車が入り込んできて前に出る。

 そのまま後ろについて走りを観察させてもらう。


 私の方が速いのは言うまでもないが、私の後ろについて走っていた時よりも少し走りにキレが無い。プレッシャーに弱いタイプが、それとも前に相手がいた方が燃えるタイプか。

 コーナーの入り口で進入ラインを変えて抜きにかかる素振りを見せるなどしてちょっかいをかけたりもしつつ、しばしランデブー走行を楽しんだ。


 何週目かの一コーナーで、私は本当に泉さんの車を抜いた。

 イン側に入り込みギリギリまで遅らせたブレーキで並び、そのままコーナーを旋回し立ち上がりで前に出る。

 そして今度は予選のアタックラップのイメージで引き離しにかかる。タイヤのグリップが少々心もとなかったが、それでも半周もすれば泉さんの車はミラーから見えなくなった。

そのまま一周を走り切り、一コーナーの外側、ランオフエリアに車を停めた。


 泉さんの走りを後ろから眺めて、私の思い付きはにわかに現実味を帯びてきていた。


 これは使える。


 現実とは違うところがあるとは言え、レースシムで私についてこれるスピード。

 いずれはモータースポーツをやりたいという思い。

 そしてそんな娘の望みをなんでも叶えようとする父親。

 これらの駒があれば、私はサーキットへと舞い戻れるかもしれない。

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