TBA - Part 4
「紹介して頂ける?」
あまりのことに唖然として何も言えない私と双見くんを横目に泉さんが言った。
「こちら、わたくしが新しく雇った使用人兼ドライビングコーチの双見勝さんですわ。私は親しみを込めてベッテルと呼んでおりますけれど」
「ど、どうも……双見と申します」
「初めまして、紅泉と申します。双見様には、うちの富士沢がお世話になったようで」
「『うちの』……?」
「富士沢三百合には、現在私の使用人として働いてもらっております」
「え、あ、そうなんですか……」
これほどまでに動揺している双見くんを私は初めて見た。
レースではいつも冷静沈着、こちらが後ろについてプレッシャーをかけようが動じず、前に出て離そうと思えば喰らいついてくる手強い相手だった。
たまにサーキット以外の場所で会ったときはいくらかその張り詰めた雰囲気は和らいでいたが、それでもここまでの狼狽は見たことがなかった。
これは……面白い。
そう思った私は泉さんと双見くんとの間に割って入った。
「そうなんですよ。何しろ私が泉さんの下で働くようになったのも、元はと言えば双見くんのおかげですからね、双見くんには感謝してもしきれないですよ本当に」
「ええ。お礼を言わないとね」
「……あれはレーシングアクシデントだろ……そうだよな? この間それで納得してたじゃないか……」
私の軽く放ったジャブに決まりの悪そうな顔をした双見くんを無視して続ける。
「それにしてもノリノリだったね双見く……じゃなかったベッテルくん!」
「いや……その……」
「でもよく考えてみればぴったりだよね。今飛ぶ鳥を落とす勢いのF4チャンピオン様だもんね。飛ぶ鳥と一緒に私のことも撃墜したし……なんてね!」
「……はは」
双見くんは明らかに私の言葉を嫌がっている。無理もない。世界トップクラスのドライバーの名を騙っているところを知り合いに見られるのは、あまりいい気分ではないだろう。結構乗り気でやっていたのならなおさら。
「さっきの登場もかっこよかったなー。F4で一緒に走ってたみんなにも見せてあげたいぐらい。もう一回やってよ。動画に取って送るから」
「勘弁してくれ……」
嫌味を繰り返しぶつける私に、双見くんは為す術が無い。たじたじとなった双見くんを見るのは面白かった。仕返しを意外なところで果たせて私は思わずにやけてしまう。
「そのくらいにしておきなさい、ベッテルさんが困ってるじゃない」
「おっと、そうですね……ごめんね、ベッテルくん!」
たしなめるようでいて、しっかりと刺していくあたり泉さんもなかなか恐ろしい。
私もそれに乗っかると、ついに双見くんは何も言わなくなってしまった。いい気味だ。
「さて、紹介もして頂けたことだし、私も練習でもしようかしら」
「あら、そうですか。それではわたくしも……と言いたいところだけど、まだコクピットが完成していないのよね……」
「……設置に戻ります!」
我に返った双見くんが同僚の執事さんたちがまだ設営を続けているところに去って行った。
あれは仕事を手伝おうというよりこの場から逃げ出すいい口実を見つけたといったところだろう。
「それでは、お先に」
泉さんもそれに続いて自分のコクピットの方へ行ってしまった。
私も受付の仕事は終わっているので練習でもすべきだろうか。いや、時間があるのなら南山さんの手伝いでもしたほうがいいのか。
鈴子様が声をかけてきたのはそうして私がしばし思い悩んでいた時だった。
「富士沢様」
「はい、何でしょう」
「突然のことで、驚かれたでしょう。先日までレースを戦っていたライバルが意外なところから登場したのですから」
「ああ……そうですね。泉さ……失礼、紅は私に何も言ってくれなかったので、本当に驚きました」
「もしかしたら、とは思っていましたが、やはりそうでしたか」
大の仲良しというわけでもなさそうな鈴子様にまでこう言われるとは、泉さんの秘密主義もかなり有名なのかもしれない。
「あの方はどうも大事なことをなかなか言わない癖があるようで」
「まあ、悪気があってのことではないでしょうから……。きっと、富士沢様へのサプライズだったのでしょう」
「だとすれば、その試みは成功している、とは思いますが……」
これがサプライズだ、という鈴子様の意見については、実のところ私もそうではないかとは思う。
ただ単に言うのを忘れているだけならば、事情を知っていたらしい南山さんが私に言ってくれていたはずだ。
それが『お土産』なんて意味深な言い方をしていたところを見ると、泉さんから箝口令が敷かれていたとみるのが自然だ。まったく人が悪い。
「ところで富士沢様。ベッテルが来年F3へとステップアップすることはご存知ですか?」
「ええ、聞いています。なんでも有力なスポンサーがついたとか……」
「実はわたくしが、そのF3参戦のスポンサーでございます。その縁で、今回の『舞踏会』にも参加をお願いいたしました」
先日二人で会った時、双見くんがスポンサーについて「ちょっと変わっている」と言っていたことを思い出す。
確かに変わったスポンサーではある。『ちょっと』かどうかについては審議が入るだろうが。
「なるほど……そういういきさつでここに来ているんですね……」
「ええ。わたくしのポケットマネーによる、ささやかなスポンサードですけれど」
その「ささやか」という言葉が謙遜なのか、それともとんでもない金額を出しておきながら本気でささやかだと思っているのか。
双見くんは以前会ったときに「いい体制でレースができる」と言っていたから、おそらくは後者なのだろう。
「大変結構なことですね」
「彼は、富士沢様にずいぶん羨ましがられたと話しておりました」
「羨ましがった? 私がですか」
「ええ」
双見くんと会ったあの日、私はステップアップの話を聞いて羨ましいとは思わなかったし、そんな素振りを見せてもいなかったはずだ。
もちろんそれ以来今日までまた会ったことはないし、話もしていない。
双見くんは一体何を見て私が羨ましがっていると思ったのか。ライバルが消えて自分は次へと進めたことによる優越感からくる錯覚ではないだろうか。
「まあ、少しはそう思わなくもないですが……」
ただ鈴子様の言葉をきっぱりと否定してしまうのもなんだがよろしくない気がして、私は話を合わせた。
「ところで、ひとつお尋ねしてよろしいでしょうか」
「どうぞ」
話を合わせたことの代わりというわけではないが、私は気になっていたことを尋ねることにした。
「先ほど、鈴子様は私のファンだとおっしゃっていましたね」
「ええ。富士沢選手のアグレッシブな走りには常々魅了されておりました」
「双見くんの走りよりも、私の走りの方がいいと思いませんか?」
「どちらも才能のきらめきを感じる走りだと思いますけれど……」
少し困ったような顔で鈴子様は言う。
何を言わせようとしているのか、という警戒の色が見える。
「……質問の仕方が悪かったですね。失礼を承知でお聞きします。私のファンなのに、双見くんのスポンサーとなったのは、どうしてですか」
「ああ、そういうことをお聞きになりたかったのですか」
単刀直入にぶつけた私の言葉に、以外にも鈴子様の表情からは困惑の色が消えた。
戻ってきた魅力的な微笑に、私は自分の投げた質問に対する答えが、自分の予想したものとそう違っていないことを予感する。
「今後の参考までに、お聞かせ頂ければ幸いです」
「いやですわ、富士沢様ったら。そんなの、決まっているではありませんか」
鈴子様も私が答えを予想していることは承知しているらしい。
よく通る声でこの上なく明瞭に鈴子様は言い切った。
「彼は勝ったから。それだけですわ」
わかってはいた。それこそ私の予想した答えだった。
誰が何を言おうと、双見くんは勝って、私は負けた。そこに至るまでにどんな過程があろうとも、最終的な結果はそれだ。
結果が全てのモータースポーツの世界、鈴子様のその判断はこの上なくまっとうで、絶対的に正しい。
また、あの苦い敗北が私を惨めな気持ちにさせるために這い上がってきた。
「……もし、私があのレースで勝って、チャンピオンを決めていたら、今双見くんの場所にいたのは私だったんですか」
「さて、どうでしょう……仮定の話ですから、なんとも言えないというのが正直なところですけど……可能性はあったでしょうね」
「そうですか……」
今は双見くんのスポンサーであるため、はっきりと双見くんより私を選んでいたとは言わない。かと言って「絶対にない」と言って私に恥をかかせることもしない。
鈴子様の返答は実にスマートだ。うまくはぐらかされたとも言う。
「それでは、私が今日のレースで双見くんに勝てば、双見くんのかわりに私のスポンサーをして頂けませんか」
そんな大人の言い方に気付かないふりをして私は聞いた。シートが得られるなら少々バカと思われても構わない、そんな思いから出た行動だったが、再び苦笑した鈴子様に「それはちょっと……」と言われたことでその試みは失敗した。
「彼とはもう契約は済ませてしまいましたし、もう一台走らせるにはわたくしのお小遣いでは足りず……お役に立てず、申し訳ございません」
「ああいえ、そんな……こちらこそ変なことを言ってしまって……」
ダメ元で非常識なことを頼むことがうまくいかなかったら、ただの非常識な奴でしかない。そういうことに気付くのはいつだって実際に口に出してしまった後だ。
これでは鈴子様にただ悪印象を与えただけだ。言わなきゃよかった。
「その代わり、というわけではありませんが……スポンサーをお探しなら、僭越ながらわたくしからひとつ助言を差し上げましょう」
「助言……ですか。それは是非お伺いしたいです」
「難しいことではありません。シンプルなことですわ……今日のレースで彼に勝てばよいのです」
「勝てば……ですか」
それは、負けるよりかは勝った方がいいだろう。もちろんわざと負けるような気もない。
しかし勝利を収めたとして、それで何かが変わるものだろうか。鈴子様からはスポンサーを断られてしまったし、泉さんは私が勝ったことで急に私のシートを用意してくれるようにも思えない。
腑に落ちない私に鈴子様が言う。
「今日集まった人々はどのような方々か、今一度お考えになってみてください」
「……お嬢様、ですか?」
「ええ。しかし彼女たちはただのお嬢様ではございません。レースシムを愛するお嬢様たちです。……この意味がおわかりかしら?」
「……あ、そうか……なるほど、そういうことですね……!」
ただのお嬢様ではなく、レースシムを愛するお嬢様たち。それは、彼女たちが泉さんや鈴子様と同じく、モータースポーツに少なからず興味を持っているお金持ちである、ということだ。
今日のレースで好結果を残せば、彼女たちの誰かが私のスポンサーに名乗り出てくれるかもしれない、ということに私はようやく思い至った。
盲点だった。
よくよく考えてみれば、私は何も泉さんや鈴子様からしか支援を受けてはいけないなんていうことはないのだ。
悪い言い方をすれば、金を出してくれるなら誰だろうと全く構わない。
今日のレースでお嬢様方にいいところをお見せして気に入ってもらいスポンサーになってもらう。ごくごくまっとうなスポンサー獲得方法である。
ここしばらくは泉さんをどう焚きつけるかということばかり考えていたせいでそういうことをすっかり忘れていた。
「わたくしの見立てでは、本日のレースの参加者の中ではやはり富士沢様とベッテルのみが抜きんでております」
納得した私に泉さんが頷きながら言った。
「おそらく、レースはこの二名が後続を大きく引き離し、ゲストドライバーととしての格の違いを見せつけるハイレベルな戦いを繰り広げるものでしょう」
「実を言うと、私もそう思っています」
「それこそが富士沢様にとってのチャンスなのです。熱いバトルを繰り広げ、最終的にはドラマチックに勝利することができれば、その走りに魅了されたお嬢様からオファーが届くというのも決して夢物語などではございません……そうは思いませんか?」
そうやって熱っぽく語られた鈴子様の言葉は、それが本当にこれから起こることを予言しているかのような真実味を帯びて聞こえた。
そうだ。きっとそうに違いない。体の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。私の闘志が燃える熱だ。
絶対に勝ってやる、と私は内心自分に活を入れた。
鈴子様が双見くんを選んだ理由が『勝ったから』だからといって落ち込んでいる場合ではない。
ついこの間、双見くんに負けたことを認めて、その上でリベンジすると誓ったばかりではないか。
最終的な結果で判断される、おおいに結構。F4のシーズンは終わったが、まだ私のドライバーとしてのキャリアは終わっていない。
私にとっての『最後』は、まだ来ていない。
「鈴子様」
「はい」
「ありがとうございます。私、今日のレースで絶対に勝ちます」
「それでこそ、わたくしの知る富士沢選手ですわ。幸運をお祈りしております」
「鈴子様も。それでは、これで失礼致します。練習に移らねばなりませんので」
「さようでございますか。お引き留めしてしまって申し訳ございません。宿命のライバルとの再戦ですもの、余計なことは考えずベストを尽くしてくださいませ」
「ええ。では、またレースで」
お辞儀をしてから踵を返し、自分用のコクピットへと私は歩いて行った。
宿命のライバルとはよく言ったものだ。私があのレースで双見くんに撃墜されてから、今日再びここでレースをすることは運命づけられていたのではないかという気に今はなっていた。
勝つ。
「余計なことは考えないように」との鈴子様の言葉どおり、私はその二文字だけを頭に思い浮かべまっすぐに自分のコクピットへ辿りつくと、そのまま一心不乱に練習走行へと打ち込んでいった。
双見くんの名前『双見勝』は『ツインリンクもてぎ』の『ビクトリーコーナー』から取りました。
ところでもてぎは来年から名前が変わるそうですね……。




