ドライバーズ・ミーティング - Part 1
「作戦会議をしましょう」
南山さんに死刑宣告に等しい知らせを伝え、絶望の表情をしかと見せつけられてからレースルームへと戻ってきた私は、すぐにレッスンを再開させることはしなかった。
ここに来るまでに自室に寄って取ってきたペンとメモ用紙を手に、泉さんと机に向かい打ち合わせに入った。
「まず、レースの詳細についての情報が欲しいです。今回の『舞踏会』は泉さんが主催されるんですよね? コースや車についてはもう決まっているんですか?」
「コースは鈴鹿、車はF3にしようと思っているけど。周回数は十二周」
鈴鹿にF3という組み合わせ、それに周回数まで昨日私たちが戦ったレースと同じだ。
そういうことか、と私は内心納得した。昨日のレースも条件を決めたのは泉さんだった。
あれは私が『舞踏会』で通用するかどうかの試金石でもあったらしい。
「わかりました。ではこれから本番まではその組み合わせで練習をしていきましょう。時間があれば、どんどん走ってもらって、私がそれに逐一ダメ出しをしていくという形にしたかったのですが……」
「一週間ではそれをやっている時間が無いから、ポイントを絞って練習しよう、ということ?」
先回りした泉さんに私は頷いた。話が早くて助かる。
「その通りです。一週間では全体的なレベルアップは無理でも、どこか一点ぐらいならばしっかり上達できるでしょうから」
「時間が無いのは仕方がないけど……それで、勝てるかしら」
そう言って泉さんは表情をやや曇らせた。
泉さんが弱気を見せるのは珍しいが、それも無理のないことなのかもしれない。
これまで『あの人』に負け続けてきたという事実を前に、自信が持てなくなってしまっているのか。
「きっと勝てますよ」
私としてはそういう他なかった。
心の底からそう思っているというわけではなくとも。
「実力差はほとんど無いとお考えなんでしょう? 大丈夫ですよ」
言わせてもらえるならば、不安は私にだってある。
本当に泉さんを上達させることができるのかどうか、確信は無い。仮にできたとして、それで泉さんが『あの人』に勝てるのかどうかもまたわからない。
うまくいかないのではないか、という憂いは決して消えることはない。
しかしそれを口にしてはいけないという思いがあった。
泉さんがネガティブに沈んでいるのなら、私はポジティブでいるべきだろう。
それは泉さんへの思いやりからというよりは、コーチという役割から出てきた考えだった。
「いざとなったら私が『あの人』の前に出て蓋をしますから、その隙に二台まとめて追い抜いちゃってくださいよ」
そうは言ってもなお沈んだままの泉さんに、私は明るい声でそんな提案をしてみた。
泉さんが敵わない相手でも、私なら『あの人』を抜くこともできるだろう。
一旦『あの人』の前に出た後はわざと抜かれない程度にペースを落とし、『あの人』がそれにつっかえている内に泉さんに追いついて抜いてもらう。
何も本気でそう提案したわけではなく、「そんなの必要ない」と一蹴されることを見越しての半ば冗談だったのだが、泉さんから返ってきた反応は予想を超えて弱気なものだった。
「……そんなの、勝ったなんて言えるの……?」
これは重症かもしれない、と私は思った。「やるかやらないか」といったジレンマを既に通り越して、「それをやったとしてどうなるか」が泉さんの中で懸念となっているとは。
「……どんな形でも、勝利は勝利だと思います」
言い出しっぺの私としてもそれを本当にやるのはどうかな、という思いはあるが、泉さんがやるというのならそのお手伝いをするぐらいの気概はある。
「勝ちたいのなら、当たり前ですがまずは勝つことを第一に考えるべきです。勝ち方としてふさわしいかどうかなんてことは勝ってから考えればいいのです。負けたら何にもなりません」
「説得力が違うわね」
「不本意ながら……。泉さんには、こうした惨めな気分を味わってほしくありませんから」
私は今シーズンのF4選手権をほぼ手中に収めておきながら、最後の最後でそれを逃した。
いくら私が今シーズンのレースで勝利していようとも、そんな些細なことは最終的なチャンピオンが誰かということに比べれば霞んでしまう。
後世の人々には『この年のF4チャンピオンは双見勝だった』ということだけが記憶されていく。
「勝たなきゃ意味が無い、とまでは申しません。しかし、最初から勝ちを目指さないことは、意味が無いと私は思います」
こうした考え方はそれでごはんを食べていかなければならないプロとしての論理だ。
それは今はまだ趣味としてやっている泉さんにはふさわしくないのかもしれない。
けれども、何がなんでも勝利を欲すると言うのであれば、そうした『使えるものは何でも使う』といった姿勢は必要だろうと思う。
「それに、そんなことをしなくても勝てるようにするために、私を雇ったんでしょう?」
『使えるものはなんでも使う』といえば、それこそ私の存在そのものがそうであるはずだ。
運転がうまくなるための手段としてプロドライバーをコーチに招くということは、一般的に見て実現性が低くポピュラーなものとは言い難い。
私に運転を習うのも、私を使って『あの人』の前を塞ぐのも、程度の差はあるにせよ「そこまでするか」と後ろ指を差す人もいるかもしれない。
それがどうした、と私は言いたい。
「そこまでして勝ちたいか」と聞かれれば、それには「はい」としか言うしかない。そこまでして勝ちたいのだ。
何か文句が?
そんな思いから、私はこの泉さんの葛藤を少し嬉しくも思っていた。
泉さんは私が普段考えるのと同じように「そこまでして勝ちたい」と思っているのだから。
そうであれば、勝利のための最低条件はクリアしている。後は、私が期待された通りの仕事をするだけだ。
「大船に乗ったつもりでいてください。必ずや私が『あの人』に勝てるようにしますから」
「……そうね。こうして悩んでいる時間も、もったいないものね」
「ええ。その意気です!」
無理に元気づけようとしている私の気持ちを知ってか知らずか、納得した泉さんもまたどこか空元気のようにも思える。
それを振り払うように、私はさらに明るい笑みと声で応えた。
「それで、私の今の走りはどこを直せばいいの?」
「そうですね……」
泉さんの走りの弱点とは、どんなところだろうか。
私は昨日の競り合いでは他車との接近戦に弱いという印象を受けたことを思い出す。
そこを重点的に鍛えるのがいいかとも思うが、他にも大きな弱点があるかもしれないとも思う。
なにぶん時間が無いのだから、どうせ克服するのならばもっとも苦手な分野としておきたい。
「泉さんご自身は、どんなところが課題だと思いますか」
「……わからない」
「なるほど……」
これは少々厄介かもしれない。「何が悪いのかわからない」という状態は、私は経験したことがなかった。
故に解決方法についてもまったく当てがない。
「経験が浅すぎて何が悪いのかもわからない」というのならまだわかる。しかし泉さんの経験は十分に豊富であって、そんなところで立ち止まっているレベルではもちろんない。
「……それでは、一通り走ってみて頂けますか。私がそれを見て何か気付けるかもしれません」
「ええ……」
お手上げとなった私は苦し紛れにそう提案した。
泉さんがコクピットに座り走行の準備を始める。
「全力で走ってくださいね。三味線を引くのはもう結構です」
「当然よ。……結構、根に持つタイプ?」
「割と、そうですね」
どこか暗くなってきた雰囲気を変えることができればと飛ばした冗談は、泉さんを苦笑させるに留まった。
泉さんが操る車が走り出す。私はコクピットのすぐそばに立ち、メモ用紙を手に何か解決の糸口になるものを見つけ出そうとすることに集中する。




