First Lap Hero
スタートは無難なものだった。
正確には、自分ではなかなかの好スタートを切れたと思ったものの、周りの状況がそう私に思わせなかった。
躊躇や焦りといった感情とは無関係なAIドライバーたちは、皆シグナルブラックアウトと全く同じタイミングでクラッチをミートさせ、なおかつタイヤをほとんど空転させないという文字通り人間離れしたスタートを決めていたからだった。
私はそんなAIたちに何とか遅れを取ることなく一コーナーへ近付いていった。
私がまだ一コーナーのブレーキングポイントに到達する前から、既にそこを曲がり始めている泉さんの車が見えた。
あまりの差に、わかってはいても絶望的な気分に一瞬覆われはするものの、すぐにブレーキングのタイミングがやってきて、私は気持ちを切り替えざるを得ない。
最も各車の距離が近付いているスタート直後ということもあり、一コーナーは渋滞の様相を呈している。
アウト側にもイン側にもそして中央にも車がいて、それぞれが取り得るラインの自由度はほぼ無い。一番後ろにいて、後続車を気にする必要がない私を除いては。
すぐ前方、アウト側とイン側にそれぞれ一台ずつの車。まだ熱が入っておらず、グリップしないタイヤをロックさせないよう細心の注意を払いながら、できる限りブレーキを遅らせた私はその二台の間、コース中央のラインから一コーナーに飛び込んだ。
右へ旋回しようとしていたアウト側の車が、接近してきた私に驚いたようにわずかにラインを左へ修正する。
AIドライバーのくせに、なかなか人間臭い反応だ。
左右の車と並びながら一コーナー、そして間を置かずにやってくる二コーナーを抜ける。
次の連続S字コーナーの始まり、緩い左コーナーでも減速を最小限に抑えて左右の車から一歩先んじる。
前方には新たなターゲット。
その車のリアタイヤに自車のフロントウイングをこすりつけんばかりに接近してS字コーナーを駆け抜ける。
「富士沢さんがいきなりの二台オーバーテイク! 魅せてくれます!」
南山さんの実況が聞こえる。
一コーナーと二コーナーで二台を抜き去ることができたのは、今がスタート直後の混雑で各車が詰まり気味になっているおかげだ。
これからレースが進むにつれ各車の間隔は開き、それぞれのスピードも上がっていく。次周以降はこうはいかないだろう。
私は依然として前の車を追いかけながら、二周目以降のレースの組み立てを検討にかかる。
オーバーテイクを仕掛けやすいポイントは、長い直線の後の大きく速度が落ちるコーナー。その条件に照らすと、鈴鹿サーキットでの抜きどころは大きく分けてふたつしかない。
ひとつはホームストレートからのブレーキング勝負となる一コーナー。もうひとつは超高速コーナー130Rを抜けた先にある右、左の直角コーナーが連続するシケインコーナーだ。
これから先この二か所で確実に一台ずつ、一周あたり二台を仕留めていくとする。
現在は二十八位で、一コーナーは過ぎてしまったからこの週で仕掛けられるのはシケインだけ。一周目終了時には二十七位だ。そこから毎周二つずつポジションアップするとして、フィニッシュ時には五位となる。
これではダメだ。
ちょっと無理をしてコース中盤のヘアピンコーナーでも何度か抜きにかかるしかない。
ヘアピンコーナー前のストレートは短いが、一周の内で最も速度の落ちるコーナーは、オーバーテイクポイントとして利用できないこともない。
十二周の内に四回ヘアピンで抜くことができれば最後に一位となれる、はずだ。
「そりゃ数字の上ではそうだけどさ……」
自分に呟きながらS字、ダンロップ、デグナーコーナーを抜けてヘアピンへ。
レースが全て思い通りに進めば苦労はしない。特に今回は前提条件からしてかなり無理のあるものだ。
「でも、やるしかない、か」
それで自分に気合を入れたつもりになって、先ほど考えたプランに則り、さっそくちょっと頑張ることにした。
前の車がヘアピン前の緩い右コーナーを右側に寄ってクリアしようとしたのを確認し、私はほぼ右にステアリングを切らず直線的にコーナーに突っ込んだ。
直後にやってくる左ヘアピンに備えて右に寄るのはセオリー通りの走りだが、私の前でそんなラインを取るのは抜いてくれと言っているようなものだ。
ブレーキングで飛び込み、前の車のイン側をしっかり確保した私はそのまま立ち上がる。二十七位にアップ。
「なんとヘアピンで仕掛ける富士沢さん! 鮮やかなオーバーテイクでまたひとつポジションアップ!」
「おおー、やるねえ三百合ちゃん!」
実況と歓声がドライビング中に聞こえるというのも変な気分だな。
ちらと考え、すぐに次の車に追いつくべく私は集中し直す。




