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END RACESIM - Part 2

「本物の、レース……?」



 戸惑う泉さんに私は畳みかける。



「このレースシムは確かによくできています。しかしよくできているからこそ、むしろ本物との違いがはっきりとわかってしまいます」

「とおっしゃいますと……?」

「まず前後左右の重力加速度、Gが無いこと。これは私たちにとって非常に大きな意味を持っています。何しろそのGによってドライバーは車の動きを感じ取るのですから」



 例えば、ブレーキを強く踏みすぎたことをドライバーはどうやって判断するか?

 それは決してブレーキペダルに込めた力や、ブレーキペダルを動かした量ではない。ドライバーは発生したGの強さ――つまりどれだけ体が前につんのめったか――ということでそれを見極める。

 加速、減速、コーナリング、車の前後左右の動きには必ずGが伴われるが、レースシムにはそれが一切無い。

 それが現実との最も大きな違いだと、ここまでレースシムをプレイした私は感じていた。



「モータースポーツにおいて、Gを感じる能力を磨くことは不可欠だと私は思います。いずれ本物のモータースポーツをされることをお考えなら、始めるのは早いほうがいい」



 こちらの勢いに押されているのか、泉さんは何も言わないが、私はさらに続ける。



「次に、再現の度合いが高いとは言え、現実とはやはり違う動きをするというところが気になります」



 確かにシミュレーションの精度は、私が以前体験したものよりもはるかに高いものとなっていた。

 しかし、要所要所で実車と同じように操作をしても同じように動かず「あれ?」と思ってしまうことが何度かあった。


 実車での豊富な経験があっても、現実とシミュレーターでのズレをうまく補正することが難しいのは私が証明してしまっている。私でさえそうなのだから、判断の基準となる経験を持たない泉さんのような人にとってはこのわずかな違いはずっと大きく感じられるだろう。走り方に変な癖をつけてしまうかもしれない。



「実車の練習は実車でしかできない、とは言いません。しかし実車に乗れるなら実車に乗った方がいい。紅さんに本気でお願いすれば不可能ではないはずです。実車なら、私もシミュレーターで教えるよりずっと効果的なコーチができます」



 『私も』と強調するのは忘れない。泉さんが実車のレースにデビューするならば、当然父君のチーム、クリムゾンレーシングからということになるだろう。

 シミュレーターで才能の片鱗を見せたものの、実車ではまだ初心者の彼女には、実車の走らせ方やレースでの細かい規則やレースウィークの過ごし方について教える存在が必要だ。


 その役に最適なのが私だ。その仕事ではレーシングカーを走らせる機会もきっとあるだろう。

 そこでいいタイムを出せばクリムゾンからレースに復帰したり、あるいは他チームの目に留まることもあるかもしれない。

 泉さんは以前からの夢が叶い、私もレーシングドライバー復帰への道筋となる、一石二鳥の名案だ。



「……しかし、何度か申し上げております通り、父は許してくれなくて……」



 そんな未来を夢見る私とは対照的に、やや暗い表情でうつむいた泉さんが言う。

 

 ここまできて初めて、私はその態度に少し違和感を覚えた。

 先ほどから泉さんが妙に暗い。

 私とシミュレーターをやっていたときのあの快活さは、一体どこへ消えた……?



「昨日も言いましたが、私が説得します。泉さんには才能がある。今すぐにでも実車に――『本物』に乗るべきです」



 もう一押し、とそう言ってみるも、今度は泉さんからの返事が途絶えてしまった。

 やはり私の説得も紅さんには届かないと見ているのか。


 しかし実際にうまくいくかどうかは別にして、プロのドライバーが才能に太鼓判を押して、反対する親を説得してくれるなんていうのは結構力強いオファーではないだろうかと自分では思う。

 仮に説得に失敗したとして永遠にモータースポーツ参戦のチャンスが絶たれるわけでもなし、やるだけやらせてみようと思ってくれてもよさそうなものだけど。


 目を輝かせて「モータースポーツをやりたい」と語ってくれた泉さんにしては、いささか消極的にすぎるような気がする。



「……よく、考えてみてください」



 最後の決め台詞にと用意していたその言葉は、どこか空しく響いてしまっている。



「そう……よくわかりました」

「おわかり頂けましたか」

「ええ、とっても……」



 そうは言うが、泉さんの顔は浮かない表情のままだ。

 それきり泉さんは再び押し黙ってしまって、私も何を言うべきかを見つけられない。


 ちっ、という音がどこかから聞こえた。


 聞き慣れたはずの音なのに、私にはそれが何の音が一瞬判断がつかなかった。

 それはこの場にあまりにも不似合いな音だったからだ。

 お上品なお嬢様はまずしないだろうが、私のような粗野な人間はついやってしまう――舌打ちの音だった。


 泉さんの顔から完全に表情が消えてしまっているのに気が付いた。

 コクピットから立ち上がった泉さんが、近くにあるサイドテーブルに置いてあったスマートフォンを手に取った。

 そしてどこかに電話を掛け「来て」とだけ言って切った。


 それほど間を置かずしてノックの音が響き、南山さんが入室してくる。電話の相手は南山さんだったらしい。



「お呼びでしょうか、お嬢様」

「南山」



 妙に低い声で泉さんが呟く。



「はい」

「彼女をクビにして」

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