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幻想蒸奇譚シャーロック─未熟な名探偵と鉄腕の帰還兵─  作者: ジルクライハート
第二章・空飛ぶスコットランド人の怪
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狐狩り

前話の後半を引き継いでいます。

既視感のあるかたは、前話から大きく手を加えているので今一度読み直していただけると幸いです。

お手数をおかけしますがなにとぞよろしくお願いいたします。

「……狐狩りって知ってるかぁ?」


 懐から取り出した犬笛のような細い筒を手の中でもてあそびながら、クローリー・カーストーン陸軍大佐は言った。


「もともとは害獣だった狐を駆除すると教会が報奨金をくれつッつーから行われてたんだが、狐っつーのは鹿ほどデカくなけりゃ野ウサギほどノロマでもねぇ。狡猾で素早い。だから早朝に使用人どもが狐の巣穴を塞いで逃げ場を潰した上で、狐を狩るように訓練された猟犬を四十頭から五十頭の群れを放って一斉に追い立てるんだ。オレたちは馬に乗って悠々とその後を追いかけながら、猟犬どもが狐を痛めつけるさまを眺めて楽しむのよ」


 だが、とクローリーは言葉を切って舌なめずりをすると、


「真に面白かったのは、それを女でやることなんだよ。それもただの女じゃねぇ。ソーホー地区で買ってきた上玉を連れてきてこう言うンだよ。この金袋を持っていけ。無事に山を越えられたらそれはお前のものだ。あとは自由に暮らせ、ってなぁァ! そいつらに向かって猟犬どもを放ってよぉ! むごたらしく食い散らかされたり噛みつかれたり、小賢しいヤツは木に登るんだが、それを猟銃で撃ち抜いて絶望に染まった顔をたっぷり堪能しながら犯すのが最高に、最高にたまんねェんだよなァ! 男なら分かるだろ!? なあ! つまりはこういうこと!」


 一通り正気を疑うような持論を並べ立てた後、笛を咥えてぴゅーっと吹いた。すると完全に心が折れていたはずのアリスター・アレイスタが突然起き上がって、死角からジョー・スミスへと襲いかかったのだ。


 が。

 転瞬てんしゅん


 アリスターの身体はくの字に折れ曲がっていた。ジョー・スミスの重たいボディブローを受け、胃液を吐き出しながら床をボールのように転がっていった。


「ふーっ……」


 生身の腕(みぎうで)から放たれたとは思えない爆弾じみた威力と、背中に目でもついているのかと疑わしくなる反応速度に絶句していたレイチェルが、おそるおそる問う。


「ど、どうして襲ってくると分かったのですか……?」

「あン? 勘だよ勘」


 右手首をぷらぷらと揺らして指の関節を鳴らした後、腰に巻いていたガンベルトから傷だらけの回転式拳銃リボルバーを抜いたジョーは足先でアリスターを小突いて銃口を向けた。ごろんとひっくり返った彼の顔はひどく青ざめていて、白目を剥いていた。


「……フン。レイチェルがこの場に居合わせてくれて幸運だったな、クソガキ」

「ぼく?」

「目の前で悪いことしたら捕まえられちまうんだろ?」


「あ」とレイチェル・アンバーは自らの発言を思い出し、レイン・メーカーは「しょうもな」と顔を歪めた。ジョーは動き出した左腕に拳銃を握らせるとスナップで胴輪を開放し空薬莢を抜き捨てた。ガンベルトポーチにバラで入れていた弾丸を二発装填し、不機嫌そうな表情をしているクローリー・カーストーン陸軍大佐へ狙いを定める。


「ま、これから起こることは正当防衛で見逃してもらうとして、だ。ちゃんと言いつけ通りアレは持ってるな? レイチェル」

「えっと、あれとは回転式拳銃あれのことでしょうか」


 ちょっと大きめの上着の下に隠れるようにして腰に巻いたガンベルトに挿した回転式拳銃を、布越しにそっと指でなぞってみせると彼はにィ、と唇の端を吊り上げた。


「ああ。……できる限り隅っこに寄ってろ。左腕こいつはちょいと加減知らずでな。近くにいると巻き込みかねない」


 頷いて下がる。


「へぇ……大言壮語する程度の実力はあるんだなぁ、お前」

切り札(ジョーカー)もったいぶってると死ぬぞ、あんた」

「まさか。戦争にもったいぶるなんてあるかよ。それに、言っただろォ?」

「あン?」


 足音、なにかが開く音、怒号、なにかがぶつかる。

 それが、向かってきている。


「猟犬の群れは一つで四十から五十頭だってよぉ」


 小馬鹿にするような言い方をして侮蔑の混じった笑みを浮かべながら窓の外へなにかを放り投げた。


 閃光。


 目くらましじゃない。


 信号?


 各々がクローリーの行動について思考していた直後。


 明らかに正気を失った男達じょうきゃく爆発的どっと流れ込んできた。


「っ、ジョーさん!」


 人間の群れが一斉にジョー・スミスへ殺到する。


 多勢に無勢。


 誰もがそう思った時。


 先頭を走っていた男が後続を巻き込んで吹っ飛んだ。


 左腕に仕込まれた発条やピストンが駆動がッちゃんと音を立て、蒸気が噴き出した。


「オラァ! オラオラオラオラオラぁ!」


 その迫撃砲じみた威力に本能的に怯えた連中の頭をひっ捕まえて投げ飛ばし、蹴り飛ばし、左腕で殴り飛ばしてく。ぞろぞろと一足遅れて飛び出してきた乗客たちは状況を把握するだけの時間すら与えられないまま容赦ない暴力の嵐に巻き込まれてどんどん予約客車へと押し込まれていった。


 そして。

 最後の一人が袈裟懸けにナイフで切りかかろうとしたその手を、撃落ズドン


 弾かれたナイフが窓ガラスに突き刺さったのを、痛む手を押さえながら恨めしそうに見ていた乗客の横っ面を右腕で殴り飛ばして食堂車から追い出すと、左腕で車両同士をつなぐ通路の床をはぎ取って連結部を露出させ、


「どおおおおおりゃああああああああああああッッッ!」


 衝撃《ガ、ギィン》!


「ふーっ…………」


 ぴったりと並走していた後続車両が緩やかに遠ざかっていく。


「……さっすが脳筋バカ」

「あれはもはや筋力で済む話ではないような……」

「あらまぁ……ずいぶんと頼りになる御仁なのですね、お嬢様のお連れは……」


 各々が感想をこぼす。流石のクローリー・カーストーンも無表情で立ち尽くす中、ジョー・スミスは悠然と振り返った。


「もう終わりか?」

「……く、っくくく……ゲハハハハァン! っ、あーあー……ったくめんどくせェなァ……」


 懐へ手をのばし、仰々しくなにかを取り出した。

 それは二対の刃物ナイフだった。刃渡りは十センチ以上。例のコックの首を切り裂いたものと見て間違いない。彼はそれを一本ずつ逆手に持ち、軽く腰を落として身構えた。


 冷めきった気怠そうな目玉が二つ、ジョー・スミスを舐めるように見ていた。


「でもこいつァ……久々に愉しめそうだ。お前もそう思わないか? なァ」

「とっとと死ね」


 戦闘開始の銃声ベルが響く。


 クローリー・カーストーンはすでに動いていた。体勢を低くして猟犬のように突っ込んでくる。


「ちっ」


 二発目。


 レイチェルから見て左の足の踵で踏んだブレーキでもって急転換し、先程のジョー・スミスの活躍でいつの間にか倒されていた木製の椅子の背もたれ、その一番頑丈な根元を踏みつけて反対側、みなが食事を楽しむテーブルがずらりと並ぶ、そのテーブルの上へ着地した彼は、水面を鋭く跳ねる飛び石のように次々とテーブルを踏みつけた後。

 飛翔した。


「ヤロォ────っ!?」


 蒸気機関車がその時、ちょうどカーブに差し掛かったのは果たして偶然だったのか。


 大きく揺れた車体の影響を強く受けたジョー・スミスは踏ん張るために硬直し、宙を躍っていたクローリー・カーストーンはその隙を穿つ形でナイフを振り下ろした。


 銃声ドォン


 三射目はあらぬ方向を撃ち抜いていた────が彼の狙いは命中になかった。


 拮抗ガギィン


 全身の筋肉が否応なしその場で踏みとどまることに消費される中、咄嗟に指先を曲げて引き金を弾いた彼は射撃の反動を使って銃身を回転スピンさせ、回転式拳銃リボルバーをひっくり返した状態に掴み直すと銃把グリップとトリガーガードを上手に使って刃を強引に受け止めてみせたのだ。


「ゲハハハハハハハハハハハァン! まるで曲芸だな! 面白れェじゃねぇか! チップ代わりに一太刀浴びてけよ! なァ!」


 手の中でひょいと持ち方を変え、下からぶち上げるような突きが襲ってくる。


「ぐっ!」

「ジョーさん!」


 腹部に刃が突き刺さる。

 しかし。


「ぐぁぁぁァァァァああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫び声をあげたのは()()()()()だった。


 刃を深く突き入れようと右腕に力を込めたその時、ジョーの蒸気腕ひだりうでが内から外へ、振り子のような軌道を描いて彼の腕を粉砕したのだ。


「ァァァァぁ! っ、ぁぁぁぁ、クソ、クソクソッ! このガキぃ!」


 よたよたとよろめきながら必死の形相で後退っていく。


 二の腕をぎゅーっと掴んで歯を食いしばっていたクローリー・カーストーンの砕かれた腕は、人体の構造上不可能な方向に大きく折れ曲がっており、皮膚を突き破って飛び出た骨は衝撃に耐えきれずに細かく割れ、まるで卒塔婆そとばのようだった。


「ぐ、ぁぁ! っ、ふーっ…………」


 浅く刺し込まれたナイフを抜いて窓の外へ投げ捨て、深々と息を吐く。


「お、お前、正気じゃねぇ…………ンな戦い方、ふざけやがって…………ぐぁぁぁ」

「生憎とあの程度じゃ()()死なない。それくらい簡単に直感わかる。何度も死線をくぐってきたからな。第二次クリミア戦争ん時にお前ら陸軍から受けた理不尽をそっくりそのまま返すために。痛いか? よく味わってくれよ。まだ終わらねェからな」


 そう言ってもう一度、深呼吸をしてゆっくりと腰を落とした。


 腹部からの出血はもう止まっている。


 固く締め上げられた腹筋が傷口を圧迫して塞いでいたのだ。常人には真似できない人間離れした技を目の当たりにしたクローリーは賞賛の意図が込めて口笛を吹くと、


「おいおい……ぐっ……理不尽たァ酷い言い草じゃないか。っ、ーっ……お、お前だってお国のために働けて本望だったろぉ? げはははァンっ!」

「なにが国のためだクソ野郎────っ、なんだ!?」


 遠く、いつの間にか小さくなっていた予約客車のほうから爆発音がした。


 爆炎が広がって車両が跳ね上がり黒煙の中へ消えた────かと思うと流線形の被り物(カバー)が取りつけられた槍のような機関車が勢いよく飛び出してきた。


 どんどん加速していくそれは明らかに衝突を狙っており、


「げははッ! おいおい、だからオレは言ったじゃアないか!」

「っ、伏せろ! お前ら!」


「戦争にもったいぶるなんてねェ、ってよ!」

【狐狩り】

 一群れ四十から五十頭になる猟犬たちを統率していたのが猟犬係ハンツマンだ。

 彼らは労働階級から選出され、管理人マスターのもとで狡猾ですばしっこい狐を狩れるように猟犬たちを調教することを仕事にしている。猟犬係の聴覚は非常に鋭く、吠え方一つひとつの差異をきっちりと聴き分けて一匹一匹を判別することが可能だったという。いくら狡猾な狐であってもこれらの包囲網を抜けるのは容易ではない。当然、人間が彼らの追跡を逃れるのは不可能だった。

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