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幻想蒸奇譚シャーロック─未熟な名探偵と鉄腕の帰還兵─  作者: ジルクライハート
第二章・空飛ぶスコットランド人の怪
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惨劇の内容

 レイチェル・アンバーにいくら名探偵と呼ぶに相応しい素質があろうとも、冷静さを欠いては元も子もない。呼吸を止め、目の前の光景を凝視しながらぎゅっと爪が食い込んでくるくらい強く手を握ってきた彼女のただならぬ様子を察したジョー・スミスは、すぐに彼女の視界を手で覆ってこう言った。


「見るな」


 代わりにジョーが直視する。

 うつ伏せに横たわっていたのはロイヤルフライング・スコッツマンに雇われたコックだった。清潔感あふれる真っ白いシャツは自らの血で汚れ、代名詞たるコック帽が西部劇の回転草よろしく少し離れたところに、二人用のテーブルの脚元に転がっていた。遠目からだと正確な死因は分からないものの首に深い切り傷ができているのが見えたので、ジョーは喉笛を掻っ切られたせいで死んだのだと判断した。


「あっ、お客様、お水は…………っ!? えっ、これは……お、お客様?」


 まずい。


車掌ガードはあんただけか? 機関士ドライバーはこの先に?」

「しゃ、車掌は一般客車にもう一人と機関士と機関助士はもちろん、機関車におりますが……」

「言うまでもなくこれは殺人だ。分かるな?」


 彼は明らかに狼狽えていた。疑いの目を向けられているのを自覚していたジョーは、あえて余計なことを言わずにこちらの冷静な立ち居振る舞いに同調して落ち着いてくれるように願った。


「あなたは料理が遅れるということをいつ知りましたか?」

「少し前です」

「数分ですか? それとも数十分?」

「えっと、正確な時間はわ、分かりませんが、あなたがたと先ほどお話をさせていただいた直前です」

「その間、あなたが番を務めていたこの共通通路を通った者はいましたか?」

「い、いいえ!」


 瞬間、レイチェルの目線が鋭く前方車両へ移った。


「奇遇ですね。ぼくたちもあなた以外を見ていません。そこで提案します。今すぐあなたはもう一人の車掌さんを呼びに行っていただき、ぼくとジョーさんで前方車両にひそんでいるだろう犯人の確認に向かう。もしくはあなた、それか第三者を用いてもう一人の車掌をお呼びし、ここに立って無用な混乱を防いでいただきつつ、あなたとぼくたちを含めた三人で向かうか」


 車掌は不安げな表情のまま沈黙している。

 そして、


「……なぜ、真っ先に()()()()()()と弁明なさらないのですか?」

「すまない。あんたをけむに巻くつもりはなかったんだ。ただ────」

「状況証拠すらない状態での弁明は危険だと判断なさったからでしょう。ただ、ちょうどそれを()()()()()()。先にその説明してもよいのですが、あまり時間がありません。もしも犯人が前方車両にいるなら確認はお早めに。時間を浪費すればするほど機関士さんの身の安全は保障できかねます」


 淡々と事実のみを突きつけてくるレイチェルの物言いに焦燥感を覚えたジョーは、サッと車掌に目配せをして前方車両へ走った。戸を開けた途端、強風が顔にぴしゃりと降りかかる。


 共通通路は淡水車の左右をぐるりと囲うようにのびていた。

 耳殻に引っかかってがなり立てる風の声とめまぐるしく流れていく両脇の景色が蒸気機関車の勢いを如実に物語っていた。ジョーは、緩やかに反った大弓のような線路の上を突っ走っていく蒸気機関車から振り落とされないように錆と煤とでジャリついた手すりを強く掴んだ。


「ジョーさん!」

食堂車なかで待ってろ! お前の格好じゃあ肺をやられる!」


 何度目か分からないトンネルを行く先に見つけ、ジョーは叫んだ。

 外套で口元を覆い隠し、目を細めて黒煙の濁流に備えつつ前進する。

 すべての光を飲み込む深い暗幕の中へ飛び込んで数秒、視界が真っ暗(ゼロ)になった。


 手すりを掴む右手の感覚を頼りに歩を進めていくうちに目が慣れ、遠くにトンネルの終わりを告げる照明がちらついているのが見えた。トンネルを抜けていつの間にか夕暮れが月明かりへと移り変わったころ、ごうごうと燃え続ける火室の傍にはコックと同じように喉笛くびを切られてその場にへたり込むように息絶えた機関士と仕事道具スコップにもたれかかるように床へ突っ伏す機関助士の姿があった。


 犯人の姿は、やはりどこにもなかった。

【蒸気機関車の運賃】

 十九世紀、技術革新の最先端であった蒸気機関車の運賃について考えたことはあるだろうか。


 高い? 安い?


 おそらく大体の人はある程度、懐の温かい人が乗れるものである、と考えるだろう。

 もちろん、実際にそうであったのだけれど当時の英国政府はその運賃について大胆にメスを入れ、一マイル一ペニーという価格を実現した。この表現だとどの程度安いのか、というのが判断しにくいと思うので、筆者の推測であるが昨今の電車料金と同じように近場なら百円程度から気軽に蒸気機関車に乗れるようになった、と思っていただければ幸いだ。


 これは議会列車パラメンタリーと呼ばれ、それまで旅行など考えたこともなかった貧しい層に英国内を旅する、という新しい楽しみを与えた。おかげで爆発的に普及した蒸気機関車は陸における重要な物流の要となった。一説によると米国の鉄道会社の総資産は小国の国家予算を上回るほどだったのではないか、と噂されている。もちろん、英国の鉄道会社の当時の権力は凄まじいものだったろうことは想像に難くない。


   ・・・


更新が遅れて申し訳ない。あまり日を開けすぎるのも、と思い一部を投稿した次第です。

今後も気長に待っていただければ幸いです。

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